番外編・二人きりの初デート(後編)

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番外編・二人きりの初デート(後編)

「はわぁ……素敵な劇だったわ……」  劇が終わりカーテンコールが行われた後、私は未だ物語の余韻が冷めやらぬまま、幕の降りた舞台を眺めて感動の溜め息をもらした。 (本当に最高だったわね……!)  特にマット団長の演技は素晴らしく、ジェシーを深く想い、職務を超えて彼女のために尽くしながらも上司以上に見てはもらえず、結局皇帝に掻っ攫われてしまうところが非常に不憫で堪らなかった。  それに当て馬のことを差し置いても、舞台美術も脚本も役者の演技も素晴らしかったので、きっとノア様も楽しめたに違いない。 「ノア様、とても見応えのある劇でしたね」  二人で感想を語り合いたくて、そう話しかけたのだけれど。  ノア様はなぜか難しい顔をしたままで、相槌を返してはくれなかった。 「ノア様?」  不思議に思いながらもう一度呼びかけると、ノア様が沈んだ声で返事をかえした。 「……すみません、実は劇はほとんど観ていなくて」 「えっ、劇を観ていない……?」  はて、観劇に来ておいて劇を観ないとは……?  訳が分からず首を傾げれば、ノア様がぽつりと呟いた。 「ずっと、クロエ嬢にばかり目がいってしまって」  なんと、劇ではなく私のほうを見ていたとは……!  恥ずかしさに固まりながら、ノア様に見られているときにマヌケな顔をしたりしていなかっただろうかと一人で焦っていると、ノア様が何かためらう様子で口を開いた。 「劇の間、クロエ嬢は黒髪の役者をずっと見つめていましたね」  黒髪の役者といえば、該当するのはただ一人。当て馬の騎士団長のことで間違いないだろう。 (ま、まさか当て馬鑑賞に勤しんでいるのがバレてしまった……!?)  決してやましいことをしている訳ではないけれど、隠している趣味嗜好がバレるのはとても恥ずかしい。思わず顔を赤らめると、ノア様はなぜかショックを受けたような眼差しで私を見つめた。 「……クロエ嬢は、ああいう精悍な男が好みなのですか?」 「えっ、好み……?」 「劇が始まるまではいつもどおりの様子だったのに、あの役者が出てきた途端あんなに食い入るように彼ばかり目で追っていて……正直、嫉妬しました。彼にあなたの心を奪われてしまったのではないかと……」  ノア様の瞳が切なげに揺れる。  私は後悔に駆られた。 (せっかくのデートなのに、趣味に走ってしまったせいでノア様を傷つけてしまった……)  しかも、初デートで失敗したくないと思って平常心を心掛けていたのも裏目に出て、あらぬ誤解を招いているようだ。   「ち、違うんです……!」  ノア様の悲しむ顔は見たくない。私はぶんぶんと首を左右に振って否定した。  たしかに魅力的な当て馬っぷりに惹かれてマット団長ばかり見てしまっていたが、当て馬へのときめきとノア様へのときめきは全然別物だ。  だって、マット団長にはもっと苦悩してもっと不憫な姿を見せてほしいとばかり願っていたけれど、ノア様に対しては今こうして切ない表情を見ているだけで、締めつけられるように胸が痛む。 (私はこんなにもノア様のことが好きなんだってことを、分かってもらわなくては……!) 「あ、あのですね……! 役者さんを目で追っていたのは趣味の延長というか、とにかく大したことではなくて! 私はその、何日も前からデートに着ていく服で悩んで、今日も朝から何度も心臓が爆発しそうになるくらい、ノア様のことがとても……とても……あれで……」  意気込んだのはいいものの、ノア様への想いを説明しようとすればするほど、恥ずかしくて上手く話すことができない。ロマンス小説の登場人物たちはどうしてあんなに恥ずかしげもなく、好きだの愛しているだのと想いを曝け出せるのだろうか。  私も頑張って伝えたいけれど、顔は熱いし、頭の中はぐちゃぐちゃだし、色々といっぱいいっぱいで泣きそうだ。  酷い顔になっているのを自覚しながら、私はきゅっと目をつむり、もうどうにでもなれと一思いに叫んだ。 「私の好みなんて、ノア様に決まってます!」  ……大声でものすごく恥ずかしいことを言ってしまった。それに、こんな下手な説明でノア様の誤解を解けたのかも分からない。  ノア様の反応が怖くて、目を開けることもできずに俯いていると、やがてノア様が呟く声が聞こえた。 「──すみません、クロエ嬢。俺の勘違いだったようです」 「え……?」  どういう意味なのだろうと思わず顔を上げると、嬉しそうに微笑むノア様の綺麗な瞳と目が合った。 「あの役者を見つめていたときの表情がとても可愛くて、だからこそ嫉妬してしまったのですが……今、俺のために一生懸命になっていたクロエ嬢は、さっきよりもっと可愛いです」  不意打ちの甘いセリフに、私はボッと顔が真っ赤になるのを感じた。人の顔とはここまで熱くなれるものなのか。たぶん、今なら顔面で目玉焼きが焼けると思う。 「勝手に妬いて困らせてしまってすみませんでした。でも、クロエ嬢が俺のことを想ってくれているのが分かって嬉しかったです」 「は、はい……」 「これから、クロエ嬢のことをクロエって呼んでもいいですか?」 「は、はい…………えっ!?」 「クロエ、今日は楽しいデートにしましょうね」  ノア様がにっこりと微笑む。  私は名前呼び捨てという二度目の不意打ちを受けて、もう発熱どころか蒸発寸前だ。好きな人とのデートがこんなにも危険なものだとは知らなかった。 (この後のデート、私は無事に正気を保っていられるかしら……?)  そんな不安を抱えながら、私はへらりと微笑み返した。
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