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エピローグ
「気を遣ったのではありません、クロエ嬢。俺があなたを誘いたかったんです」
きっぱりと言い切るノア様に、私は驚いて目を見開く。
「な、なぜノア様が私を? あの、こんなことを言うのは不躾かもしれませんが、ノア様はマリエットを誘いたかったのでは?」
「マリエット嬢……?」
ノア様はわずかに首をひねった後、何か残念なことに気がついたかのように、はぁ、と一つ溜め息をついた。
「──そうか、今までそんな風に誤解されていたんですね……。結構アピールしていたつもりだったのですが、悔しいな」
「アピール……? アピールとは……?」
ノア様は、未だに混乱している私を可笑しそうに見つめる。
「すみません。少しずつ距離を縮めようとして、はっきり言わなかった俺が悪いですね」
そうして、いつも美しい姿勢をさらに正すと、私の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「クロエ嬢。俺はあなたのことが好きです」
突然のノア様からの告白に、私は驚きのあまり心臓が止まるかと思った。
(ノア様が、私のことを好き……?)
そんな非現実的な話、まったく信じられないし、そもそも私を好きになる理由も思い当たらない。
……なんてことを考えていたのが顔に出ていたのかもしれない。ノア様が困ったような笑みを浮かべながら教えてくれた。
「クロエ嬢のことを意識し始めたのは、ある夜会で見かけたのが最初でした。そのとき、妹のマリエット嬢が殿下の婚約者に決まったのを祝福しているのを見て……今思えばとても失礼な話なのですが、初めはあなたを疑っていたんです。表面上は祝っているように見えても、内心では嫉妬しているに違いない。女性なんて、外をいくら美しく取り繕っていても、中身までそうだとは限らない。そのうち本性を現すはずだと……」
ノア様が微かに眉を寄せた。
何やら女性に対してだいぶ辛辣だが、過去に嫌な思い出でもあったのかもしれない。
こんなに見目麗しい男性なら、きっといろんな女性が言い寄ってきたに違いないだろうし。
「……そうしてその後も何となく様子を窺っているうちに、分かったんです。あなたが本当に妹思いで、マリエット嬢の幸せを心から願っているのだと。気がつけば、あなたのことをもっと知りたいと思う自分がいました。そして、そんな俺の想いを知った殿下が、マリエット嬢に会いにフォンテーヌ家を訪れる際、俺も連れていってくださったんです」
「あ、あの日……」
「はい。四人で初めてお茶会をしたあの日です。あなたと会ってお話しができると思ったら、思いの外緊張してしまって上手く振る舞えませんでしたが……」
ええ!? ノア様が私に緊張していた?
とてもスマートに見えていたけれど……。
さっきから信じられない話ばかり聞いている気がする。
「本当ですか? あのときノア様がマリエットと殿下をじっと見つめていたから、それで私はてっきり……」
ノア様がマリエットに片想いをしているのだと思ったのだけど……。
「本当ですよ。殿下たちを見つめていたのは……たぶん、お二人が俺たちの様子を覗いて面白がっていたので、つい睨んでしまったのを誤解されてしまったのかもしれませんね」
なんと、ノア様がマリエットたちを切ない想いで見つめていると思っていたのは、完全なる勘違い、まったくの妄想でしかなかった。
まさに私の当て馬脳が成せる業と言えよう。
(というか、そんな隠れて観察されていたなんて知らなかった。恥ずかしい……)
私が頬に手を添えながら顔を赤らめていると、ノア様が柔らかく目を細めた。
「街でのデートも、とても楽しくて幸せでした。このまま時が止まってしまえばいいと思うほどに」
「ノ、ノア様……?」
「あの時は殿下たちと一緒でしたが、今度はあなたと二人だけで出かけたいです。あなたが俺だけに笑いかけてくれるのを、ずっと眺めていたい。それだけで、俺は幸せになれます」
まるで物語のヒーローのような愛の言葉に、私の胸が震える。
(……ずっと、私は傍観者だと思っていたのに)
ロマンス小説で好みの当て馬やストーリーを堪能して心の栄養にする、熱心な読者。
現実世界でも、自分はきっと甘い話など無縁で、妹や他のご令嬢たちのロマンチックな恋の話を聞いてはしゃぐだけの、その他のモブのうちの一人でしかないと。そう思っていた。
それなのに、こんな私にもロマンス小説のヒロインのような展開が待っていただなんて、誰が想像できただろうか。
呆然と立ち尽くす私に、ノア様が右手を差し出す。
「クロエ嬢は、俺の幸せを願ってくれているのでしょう? あなたが俺を幸せにしてくれませんか?」
まるで唯一の望みを希うかのような熱い眼差しが、私をとらえる。
今まで男の人から告白された経験もないのに、初めての告白がノア様からだなんて、こんな贅沢なことがあっていいのだろうか。
戸惑いはもちろん、ほんの少し怖くもある。
でも、それとは別の気持ちのほうが遥かに大きかった。
ふわふわするような、ドキドキするような、くすぐったくて、でも手放したくない特別な気持ち。
「……はい、私がノア様を幸せにします」
ノア様の差し出した手を取って返事をすれば、彼の綺麗な青い瞳が柔らかな弧を描いた。
そうして気がつけば私はノア様の腕の中に収まっていて……。
「ありがとうございます。俺も、必ずあなたを幸せにします」
ノア様の優しく包み込むような抱擁も、愛おしむように髪を撫でる手も、穏やかで甘い言葉も。ぜんぶノア様が私に愛を伝えるためのもの。私が受け取っていいもの。
もう、傍観者なだけの私ではないのだ。
(……ノア様が、不憫な当て馬じゃなくてよかった)
不憫な当て馬好きの私なのに、ノア様がそうではなかったことが、こんなに嬉しいなんて。
私たちが主役の物語には、これからどんな出来事が待っているんだろう。
二人の未来に想いを馳せながら、私もノア様をぎゅっと抱きしめた。
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