33.未知の魔物

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33.未知の魔物

 突如現れた未知の魔物達から命からがら逃げてきたイザベルは、気づけば街の広場に辿り着いていた。 (一体、何なのよ……あの魔物たちは!)  イザベルは目の前に広がる光景に混乱しながらも、どうにか状況を把握しようとしていた。  ビクトリアとクリフの付き添いとしてウルス領に滞在していただけなのに、なぜこんな大変な事態に巻き込まれているのだろうか。 (とにかく、ビクトリア様とクリフ様を捜さないと……)  迷子犬捜しの旅の道中で、まさかこんな事態になるなんて思いもしなかった。一刻も早く、二人と合流しなくては。  とはいえ……今、街は未知の魔物の襲来によって混乱状態。とても捜せるような状況ではなかったが、二人にもしものことがあったら主人であるバルトからどんな罰を受けるかわからない。 「ああ、もう! どこに行っちゃったのよ! 全く、本当に世話のかかるガキどもなんだから……!」  イザベルは苛立ちのあまり頭を掻きむしる。  つい本音が出てしまったが、こんな状況下だし猫をかぶる必要もないだろう。  イザベルは、ある地方貴族の妾の子として生を受けた。  しかし、生まれつき魔力が少なく、魔導士としての素質に恵まれていなかったため母娘ともども邸を追い出されてしまったのである。  母親はイザベルを育てるために身を粉にして働いたが、結局病に倒れ死んでしまった。  残されたイザベルは、一人で生きていくために必死になって仕事を探した。そんな時、幸運にもラザフォード家の使用人として雇ってもらえることになったのだ。  やがて、イザベルはコーデリアの世話係を任されるようになった。  彼女は名門であるラザフォード家に生まれたにもかかわらず、保有している魔力が少なかった。  家族から冷遇されている彼女を見て、イザベルは自分と境遇が似ていると感じていた。  だから、本来ならば同情をするべきなのかもしれない。しかし、イザベルの中である感情が芽生えたのだった。  ──それは、嫉妬心だ。  自分は魔導士としての才能がないという理由で父親に捨てられたが、コーデリアはまだ邸を追い出されていないという現状。それが、妬ましくてたまらない。  それと同時に、優越感も覚えていた。  邸でのコーデリアの地位は最下位。そう、使用人よりも下なのだ。  だから、たとえ自分が彼女を虐げたとしても何のお咎めもない。それどころか、よくやったと褒めてもらえる。  そんな環境下にいるせいか、イザベルはいつの間にかコーデリアを虐げることに快感を見出していた。  イザベルは、コーデリアの緑色の目が大嫌いだった。  自分を哀れむような目で見てくる彼女が、憎くてたまらなかった。  まるで、蔑まれているような気分になるからだ。 (この家で最下位のくせに、なんでそんな目で見てくるのよ。いい? この家では、あんたよりも使用人である私の方が立場が上なのよ)  イザベルは、常日頃からそんなことを考えていた。  だから、それを誇示したくてつい意地悪をしてしまうのだ。  イザベルは、そんな歪んだ思いを抱きながらも表向きはコーデリアに仕え続けたのだった。 (ああ、イライラする。しかも、今はコーデリアがいないから鬱憤すら晴らせないじゃない……! 一体、私はどこで憂さ晴らしをしたらいいのよ!)  そんなことを考えながら憤っていると、不意に悲鳴が聞こえてきた。  それも、一人ではない。複数人の悲鳴が聞こえてくる。 「な、何……?」  イザベルは眉をひそめると、悲鳴の聞こえてきた方角へと視線を移す。  すると、大勢の人々がこちらに向かって走ってくるのが見えた。  その背後には、先ほど見た未知の魔物たちが迫ってきている。 「ひっ……!」  イザベルは恐怖のあまり、思わず後ずさりをした。  そして、一目散にその場から逃げ出す。 (何なのよ、あれは……! あんなの、見たことないわ!)  あの魔物たちは一体何なのか? そんな疑問を抱くも、今は一刻も早くこの場から立ち去らなくてはならない。  ふと、後ろから走ってきた男にぶつかられた。その拍子に、イザベルは転倒してしまう。 「痛っ!」  イザベルはすぐに起き上がろうとしたが、なぜか起き上がれない。  どうやら、恐怖のあまり腰が抜けてしまったらしい。 (どうしよう……私、このまま死ぬの……?)  そんな考えが頭をよぎり、イザベルの目には涙が浮かんできた。  だが次の瞬間、駆け寄ってきた誰かに声をかけられる。 「大丈夫ですか!?」 「は、はい……大丈夫です」  助かった。そう思ってイザベルが顔を上げると、そこには見覚えのある少女が立っていた。  間違いない。彼女は── 「イザベル……?」  こちらが尋ねるよりも先に、彼女がイザベルの名前を呼んだ。  ああ、やはりそうだ。自分が憎らしく思っている相手だ。イザベルは、コーデリアを睨みつけた。 「コーデリア様! この方とは、お知り合いなんですか?」 「あ、サラさん……」  コーデリアはそう言って振り返る。  どうやら、今はこの女性がコーデリアの侍女を務めているらしい。 「あ、ええと……実は、実家で私の侍女を務めていた方なんです」  コーデリアは、口籠りながらもそう説明する。  それにしても……目の前にいる少女は、本当にあのコーデリアなのだろうか?  イザベルの知っている彼女といえば──ろくに手入れされていない伸ばしっぱなしの髪に、ぼろぼろの服。とてもじゃないが、伯爵家の令嬢とは思えないような外見をしていた。  だが、今のコーデリアはどうだろう? 髪は綺麗に整えられており、身だしなみもきちんとしている。  それに何より、仕草から気品が溢れているように感じられるのだ。 (一体、何があったの……?)  イザベルは、信じられない思いでコーデリアを見つめていた。 「ああ、そうなんですね。ということは、この方が……」  そこまで言った途端、サラの目つきが変わった。  まるで敵を見るような目つきで、イザベルのことを睨みつけてくる。様子から察するに、恐らく彼女はイザベルがコーデリアを虐げていたことを知っているのだろう。 (この女……一体、どこまで知っているのかしら)  イザベルは、思いあぐねる。  しばしの沈黙。それを破ったのは、コーデリアだった。 「……ここは危険です。とにかく、今は逃げましょう」  イザベルはコーデリアに手を引かれて立ち上がると、そのまま一緒に走り出した。  意外だった。なぜ、彼女は自分を助けるのだろう?  そんなことを考えながらも走り続けていると、不意に背後に気配を感じた。 「……っ!?」  イザベルが後ろを振り返ると、先ほど見た魔物が群れをなして追ってきていた。  もう駄目だ──そう思った時。後ろを走っていたサラが叫んだ。 「コーデリア様! ここは私に任せてお逃げください!」 「で、でも……」 「早く! 行ってください!」 「……っ! わかりました!」  コーデリアは躊躇うような素振りを見せたが、サラに背中を押されるとイザベルの手を引いて再び走り出した。 (馬鹿な女だわ……)  コーデリアに手を引かれながらも、イザベルはそんなことを思った。  主人のために命を張るなんて。彼女は、それほどまでにコーデリアのことを慕っているのだろうか。  イザベルはコーデリアが嫌いだ。たとえ彼女が死のうがどうでもいいと思っていた。だから、サラの気持ちが理解できなかった。  しばらく走り続けていると、やがて街の外れにある小さな教会が見えてきた。 「ここまで来れば大丈夫かしら」 「ねえ、前から気になっていたのだけれど……それ、何なの?」  そう言って、イザベルはコーデリアが身につけているロケットペンダントに視線を移した。 「あっ……これは、その……ちょっとしたお守りで……」  コーデリアが慌ててペンダントを隠そうとするが、イザベルはそれを許さなかった。 「へえ、お守りなのね」  そう返しながらも、イザベルは考えを巡らす。  お守りということは、もしかしたら魔物から身を守る力があるのかもしれない。  いや、そうだ。きっとそうに違いない。そう結論付けたイザベルは、ロケットペンダントを強引に奪い取った。 「あっ……!」  コーデリアが慌てて取り返そうとするが、イザベルはそれをかわし、ペンダントの蓋を開ける。すると、中には眩く光る石が入っていた。 「何、これ……?」  鉱物に詳しくないイザベルは、首を傾げる。 「お願い、イザベル! ペンダントを返して! それがないと、私……」  コーデリアは狼狽しながらイザベルに懇願する。  この慌てぶりから察するに、イザベルが睨んだ通り身を守る効果があるようだ。 「これは私が預かっておくわ。そんなに大事なものなら、落としたら大変でしょ? あなた、昔からよく物を失くしていたじゃない」  もっともらしい理由を付けて、イザベルは奪ったペンダントを自分の首にかける。  その実、コーデリアが物をよく失くしていたのはイザベルが盗んでいたからなのだが。  コーデリアは、諦めたように小さくため息をついた。次の瞬間、なぜか彼女の表情が凍りつく。 「え……?」  イザベルは嫌な気配を感じて振り返る。  すると、そこには先ほどよりも数が増えた魔物たちが迫ってきていた。その数はざっと見ても三十体以上いるように見える。 (う、嘘でしょ……)  イザベルは呆然としながら魔物たちを見つめる。 「嫌……嫌よ……まだ、死にたくない!」  イザベルは震える手でコーデリアに縋りついた。  しかし、コーデリアの表情は硬い。どうやら、彼女もこの魔物たちをどうにかする術は持ち合わせていないようだ。 (こうなったら……)  イザベルは、ドンッとコーデリアの背中を押した。 「ねえ、コーデリア! あなた、相変わらず無能なんでしょ? どうせ、嫁ぎ先でも穀潰しでしかないのなら、ここで囮になって死んだ方が皆のためになるんじゃないかしら?」  イザベルはそう言うと、嘲笑してみせる。 「え……?」  コーデリアは戸惑っている様子だったが、イザベルは構わず続ける。 「だって、そうでしょ? あなたの存在価値なんてそれくらいしかないじゃない。ああ、でも安心してちょうだい。あなたが死んだところで悲しむ人はいないでしょうから」  矢継ぎ早にまくし立てると、コーデリアの表情がみるみる悲痛に歪んでいく。 「私が死んだとしても、悲しむ人はいない……」 「ええ、そうよ。だから──」 「ジェイド様たちも、本当はそう思っているのかしら……」  イザベルの言葉を遮って発せられた言葉は、どこか悲しげだった。  コーデリアは目を伏せると、肩を震わせる。泣いているのだろうか? (ふん……いい気味だわ) 「──それじゃあ、後は頼んだわよ!」
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