49.爵位剥奪

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49.爵位剥奪

 バルトとクリフは、王城内を駆け回っていた。  というのも、ビクトリアの姿がどこにも見当たらないのである。 「父上! 向こうにはいませんでした!」  廊下の向こう側から走ってきたクリフは、バルトに向かって叫ぶ。 「こっちもだ! くそっ、一体ビクトリアはどこにいるんだ……!」  バルトはそう言うと、ぐしゃぐしゃと片手で髪を掻きむしった。  先ほどから城内を血眼になって捜し回っているのだが、一向にビクトリアが見つからない。  友人たちを引き連れてダンスホールから出ていくのを目撃したという証言を得られたので、一先ず彼女が行きそうなところを片っ端から調べているのだが……。  もうすぐ、招待客たちの前でユリアンとビクトリアによる重大な発表が行われる。  というのも、二人が結婚する時期が予定より早まったのだ。その主役であるビクトリアがいないのでは、話にならない。  そんなことを考えながらバルトが唇を噛んでいると、前方から妻ヘレンと王城に仕えるメイドらしき女性が駆け寄ってきた。 「あなた、大変です!」 「どうした!?」 「それが……このメイドが、ビクトリアが王太子殿下とウルス公爵に羽交い締めにされながら取り押さえられているところを見たと言うのです!」 「な、なんだと……一体全体、どうしてそんな状況になっているんだ!?」  バルトはその現場を目撃したというメイドに詰め寄る。  すると、彼女は困惑した様子で答えた。 「わ、分かりません……。ですが……突然、ビクトリア様がウルス公爵夫人に飛びかかったかと思えば、首を絞めたのです。王太子殿下とウルス公爵がすぐに取り押さえたので、何とか事なきを得たようですが……」 「なっ……首を絞めた、だと……!?」  バルトは額に汗を滲ませながらも、そう叫んだ。すると、ヘレンが宥めるように口を開く。 「あなた、落ち着いてください! ……とにかく、今はビクトリアに話を聞きに行くのが先決です」 「あ、ああ……そうだな……」  ウルス公爵夫人──ということは、つまりビクトリアはコーデリアの首を絞めたということだ。  メイドの話によると、その場にいたのはビクトリア、ユリアン、ジェイド、コーデリア、そしてビクトリアの友人と思しき貴族令嬢が二人。それと、何故か犬もいたらしい。  しかし、妙だ。なぜ、彼らは一緒にいたのか。ビクトリアが暴れるきっかけとなった出来事は一体何なのか。バルトには皆目見当がつかなかった。 「……それで、彼らはどこに向かったんだ?」 「恐らく、応接室に向かったと思われます。そちらの方向に歩いていかれたので……」 「そうか……ありがとう」  バルトはメイドに礼を述べると、ヘレンとクリフに「行くぞ」と声をかけて応接室へと向かった。 「ねえ、あなた。どう思いますか……?」  ヘレンが不安そうな表情でバルトに問いかける。 「うーむ……」  正直言って、嫌な予感しかしなかった。  ビクトリアが暴れた理由は不明ではあるものの、明らかにこちら側が不利な状況だからである。  しかも、その場にはジェイドやコーデリアがいたというではないか。  詳細は不明だが、とにかく何か良くないことが起ころうとしていることだけは分かる。  応接室の前に到着すると、バルトは近くにいた使用人に声をかけて中に誰かいるかどうか確認を取った。 「ええ。王太子殿下がビクトリア様と、それにお客様をお連れになって入って行かれましたよ。……ただ、少々妙な雰囲気でして」  使用人の返答に、バルトは眉をひそめた。どうやら、嫌な予感は的中したようだ。 「……妙な雰囲気?」 「はい。何やら、言い争いをされているようでした」 「なるほど……」  バルトは顎に手を当てて考え込むと、意を決して応接室の扉をノックする。そして、返事も待たずに中に入った。  まず、最初に目に飛び込んできたのは手を拘束された状態で座っているビクトリアだった。  そして、そんな彼女を睨むようにして向かい側に座っているユリアンとジェイド。ソファのそばに立っているコーデリアは、足元にいる犬の頭を撫でながら困ったような表情で俯いていた。  バルトはその犬に見覚えがあった。恐らく、行方不明になったと言っていたビクトリアの愛犬──レオンだろう。  しかし、どうしてレオンがこの場にいるのか。分からないことがまた一つ増えて、バルトは頭が痛くなる。 「……一体、これはどういうことですか? 殿下」  バルトがそう問いかけると、ユリアンがゆっくりとこちらを見た。  そして、どこか冷ややかな声音でこう言った。 「ああ、ちょうど良かった。ラザフォード伯爵。ちょうど今、使用人にあなたを捜しに行ってもらおうかと話していたところだったのですよ」 「私を……ですか?」 「ええ。というのも……ビクトリアが、突然ウルス公爵夫人に飛びかかって首を絞めたんです。何とか宥めましたが、大変でしたよ。本当に」  ユリアンは、わざとらしく大きな溜息をついた。 「なっ……」  やはり、あのメイドが言っていたことは本当だったのか。  バルトはこれから起こるであろう最悪の事態を想像して思わず身震いする。  そして、ビクトリアのそばまで歩いていくと、彼女に話しかけた。 「……ビクトリア、それは本当なのか?」  そう問いかけるが、彼女は俯いたまま何も答えなかった。  バルトは眉をひそめる。すると、その様子を黙って見ていたユリアンが口を開いた。 「とりあえず、僕の方から経緯を説明させて頂きますね。伯爵」  ユリアンはどこか含みのある笑みを浮かべてそう言うと、ゆっくりと口を開いた。  バルトは、ユリアンの説明を黙って聞いていた。  そして──全てを聞き終えた後。取り返しの付かない事態になったことを悟り、思わず頭を抱えた。  ふと、扉付近に立っているヘレンとクリフの方を見れば、二人とも青い顔をして固まっているのが分かった。  恐らく、彼らも今後自分たちの身に起こるであろう最悪の事態を想像しているのだろう。  経緯を説明し終わったユリアンは、顔に微笑を浮かべているが目は全く笑っていない。自分たちを威圧するかのような、凄みすら感じる。  その隣には、瞬き一つせずにこちらを凝視しているジェイドがいる。こちらは何を考えているのか不明だが、バルトは背筋に冷たいものが走るのを感じた。  バルトは、思わず固唾を呑む。すると、ユリアンがこちらを見据えながら告げてきた。 「という訳で……ラザフォード家への処分は、父の意見も聞いてから改めて決定します。ですが、恐らく……爵位の剥奪は免れないでしょうね」 「……っ!?」  バルトは言葉を失った。  爵位の剥奪──それは、貴族にとって死刑宣告にも等しい言葉だ。バルトは、目の前が真っ暗になった。 「そんな……!」  ヘレンが悲痛な声を上げる。隣にいるクリフも、呆然とした表情をしていた。 「ビクトリアは、コーデリアの首を絞めました。これは、立派な犯罪だ。公爵夫人への殺人未遂を犯しておいて、爵位の剥奪だけで済むのは奇跡に近い。それくらい、彼女の罪は重いんですよ」  ユリアンは、淡々と告げた。ウルス公爵家は、代々王家との親交が深い。  つまり、ビクトリアがウルス公爵夫人であるコーデリアへの殺人未遂を犯したとなれば、当然その一族である自分たちも重い処罰を受けることになるのである。 「ああ、それと……ビクトリアが、少々気になることを言っていましてね」  ユリアンは思い出したように口を開いた。  その言葉に、バルトは「まだ、何かあるのか」と不安になりつつも続きの言葉を待った。すると、彼はこう尋ねてきた。 「──『人身御供の儀』ってご存知ですか? 伯爵」 「……っ!」  ユリアンの口からその言葉が飛び出した途端、バルトは目を見開いた。  なぜユリアンがその儀式のことを知っているのか。バルトには理解できなかった。  一方、ユリアンはニッコリと笑みを貼り付けたまま、淡々とした口調でこう続ける。 「実は、ビクトリアが聞いてもいないのに勝手にペラペラと喋ってくれたんですよ。なんでも、生贄を捧げて悪魔を呼び出すとその見返りとして魔力を高めてくれるとか……」  そこまで聞くと、バルトは顔を引きつらせた。 「ラザフォード家は、代々その儀式を行っていたそうですね。現に、あなたの祖先の中には歴史に名を馳せるほどの魔導士もいた。そうやって、一族の中に何代にもわたって有能な魔導士を輩出することで陞爵(しょうしゃく)を目論んでいた──違いますか?」  図星だった。この国では、陞爵は名誉なことだがその分条件が厳しくなるのが常である。  それこそ、何代にもわたって功績を挙げ続けなければ認められないのだ。 「そのために、コーデリアを生贄として悪魔に差し出そうとした。そう、彼女に『この儀式は安全だ』と嘘をついてまで、儀式を行わせようとしたんだ。──ああ、そうそう。王都の図書館には、あなた達が行おうと目論んでいた儀式について書かれた文献があるそうですよ。勿論、儀式の詳細までは載っていませんが」 「……っ!?」  ユリアンの言葉を聞いた瞬間、バルトの頭にあの日のことが──コーデリアがウルス家に嫁いだ日のことが頭によぎる。  あの時、コーデリアは何故か儀式のことを知っているような素振りを見せていた。  彼女はよく図書館に出入りしていたようだし、たまたま手に取ったその本から知識を得ていたとしても何らおかしくない。 (やはり、コーデリアは真実に気づいていたのか……!)  バルトは思わず唇を噛んだ。こんなことになるくらいなら、やはりあの時コーデリアを殺しておくべきだった。  ウルス家に嫁がせて経済的支援を得ようなどと考えなければ良かった。欲を出さなければ良かった。  後悔の念に駆られていると、ユリアンが冷たい声でこう尋ねてきた。 「そろそろ、観念したらどうですか? 伯爵」  バルトは思わず後ずさったが、いつの間にか背後にいたジェイドに肩を掴まれて動きを止められた。そして、彼は耳元でこう囁く。 「──大人しく罪を認めろ、この下衆め」  棘のある声音で恫喝され、思わず体が震えた。  彼らは、きっと全てを知っている──そう思い至ったバルトは、半ば自暴自棄になりながらも罪を認めることを決心する。 (まさか、こんな形で全てを失うことになるとは……)  そう思い、バルトは顔を歪めたのだった。
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