54.告白

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54.告白

「友人としてではなく、一人の女性として君を愛している。それと……コーディには、十分に愛される資格があると思っているよ。たとえ君がしてきたことが偽善で打算的な行為だったとしても、それが何だというんだ? 実際、領民たちはコーディの発明品に救われ、感謝しているじゃないか。誰にでも出来ることではないよ」  ジェイドの言葉を聞いて、私は目を見開く。  それと同時に、ずっと抱えていた心の重荷がすうっと軽くなっていくような気がした。 「俺は、コーディのそういう人間らしい部分も引っ括めて愛しているんだ。誰かを愛するというのは、そういうことじゃないのか?」  ジェイドの言葉は、まるで薬のようにじわりじわりと私の心に沁み込んでいった。  私は込み上げてくる気持ちを抑えきれずに俯いた。そうしないと、涙が溢れそうだったからだ。 「……こんな私を、愛してくれるんですか?」  私はぐちゃぐちゃになっている感情を整理する暇もなく、半ば縋るような形でジェイドに尋ねた。 「ああ」 「……じゃあ、愛して下さい。ずっと、傍にいて下さい。私を独りにしないで」  私は震える声で言葉を続ける。 「勿論だ」 「私も、ジェイド様のことが大好きです。愛しています」 「……! そ、そうだったのか……」 「はい」 「俺は、コーディと一緒にもっと色々な経験がしたい。旅行に行ったり、美味しいものを食べたり、他愛もない話をしたり──できることなら、片時も離れたくないと思ってしまうくらいには、君に傍にいてほしい。……だから、どうか俺の手を取ってほしい。一緒に、ここから出よう」  ジェイドの真摯な眼差しに、私は思わず目を逸らした。 (そんなの……ずるい)  彼の思いは素直に嬉しいと思う反面、やはり信じられないという気持ちもあった。  だが、ジェイドは私の弱さをも包み込んでくれるような包容力を持っていた。それはきっと、彼がこれまで歩んできた人生がそうさせているのだろう。  そんなことを考えているうちに、いつの間にか私の心を支配していた恐怖が消えていることに気づく。  まるで魔法のように自分を救ってくれる彼に、心が揺れ動かされるのを感じた。  そして──気づけば、ジェイドのそばに駆け寄り、差し出された手をしっかり握っていた。  次の瞬間、なぜか幼い頃の自分によく似た少女は藻掻き苦しみ始める。  辺りの空気が一変したような気がした。暗闇に包まれていた空間が眩い光で包まれる。私は、あまりの眩しさに思わず目を瞑った。  ──次に目を開けた時、さっきまで私たちを取り囲んでいた空間は跡形もなく消え去っており、先ほどのヒュームもいつの間にかいなくなっていた。 「コーデリア様!」  そんな声が聞こえてきたかと思えば、エマが駆け寄ってくるのが目に入った。 「良かった……ご無事で何よりです」  エマは、ほっととした様子で胸を撫で下ろす。 「ありがとう、エマ」  そう返すと、エマは少し照れたように微笑んだ。そして、私は視線をジェイドの方に向けると口を開く。 「ジェイド様……助けてくださってありがとうございます」 「いや……」  そんな短いやり取りを交わすと、ジェイドは私の方に向き直った。 「……もう大丈夫なのか?」 「はい」  私の返事に満足したのか、ジェイドは穏やかな笑みを浮かべた。  それを見た途端、胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚がした。 (つまり、両思いってことなのよね……)  その事実を噛みしめるだけで、顔が熱くなっていく。 「さっき、君は打算的な気持ちで魔導具の発明を始めたと言っていたな。……本当に、そうなのか?」  不意に、ジェイドにそう尋ねられた。 「え? どういう意味ですか……?」  私が首を傾げていると、彼は話を続ける。 「俺には、そうは見えなかった。心の底から発明を楽しんでるように見えたし、何より──君自身が、何かを作ることが大好きだということが伝わってくるようだったからな」 「……」  彼は真剣な眼差しでこちらを見つめていた。  その瞳に気圧され、私は思わず黙り込んでしまう。 「俺は君の才能を買っているし、応援したいとも思っている。だから、どうか自分の気持ちに正直になってほしい。『こんな気持ちのまま魔導具の発明を続けるのは申し訳ない』と思わず、今まで通り続けてほしい」  ジェイドはそう言いながら、私の手を包み込むように握った。 (そうか……私はずっと罪悪感を感じていたんだ)  魔導具の発明は楽しかったし、やり甲斐もあった。しかし、それはあくまで自分の為であって、誰かのためではなかったのだ。  そんな自分が、ずっと後ろめたかった。だから、人から感謝される度に胸が痛んだのだろう。  だが、ジェイドの言葉によってその呪縛から解き放たれたような気がした。 「私……やっぱり、発明が好きです。だから、これからも続けたいです。それに……楽しいから発明を続けていたのは事実だけれど、誰かが喜んでくれることが嬉しかったのも本当だから」 「よく言えたな。自分が好きだから、魔導具の発明を続ける。自分の発明品で、誰かが喜んでくれたら万々歳。それでいいと思うぞ」  そう言って、ジェイドは私の頭を撫でてくれた。それが何だかくすぐったくて、思わず笑みが零れる。  私はようやく、本当の意味で前を向いて歩くことができるようになったのだと思った。 「さて──コーディに笑顔が戻ったことだし、あとはこの門を閉じるだけだな」  ジェイドはそう言って、門の方へと視線を向ける。  私も同じようにそちらへ視線を向ければ、先ほどよりも門の周辺の瘴気が濃くなっていることがわかった。  このままだと、今日中にこの任務を遂行できなくなる。焦燥感に胸がざわつくような感覚を覚えた。 「……それでは、引き続き任務を続行します」  出来るだけ落ち着いた口調でそう言うと、私は門の方に向き直り手を翳した。  しばらくその状態と保っていると、先ほどと同じように裂け目がぐにゃりと歪み、入口が小さくなっていった。  私は魔力の流れに全神経を傾けつつ、目の前にある門をじっと見据えた。 (よし、あと一息……)  そう思い、私は意識を集中させる。すると、異界の門が蜃気楼のように揺れ動き始めたのがわかった。そして、裂け目は空間が軋むような音と共に消滅する。  直後──周辺から邪悪な気配を感じなくなった。それに呼応するかのように空間の揺らぎが収まり、辺り一帯を包んでいた重苦しい瘴気が消え去っていく。  私はそのことに安堵感を覚えて脱力し、その場に座り込む。すると、ジェイドとエマが駆け寄ってきた。 「やったな! コーディ!」 「やりましたね、コーデリア様!」  二人の顔を見て、私はほっと胸を撫で下ろす。  そして、おもむろに立ち上がった瞬間。ふと、背後に気配を感じる。 「……動かないでください、コーデリア様」  よく知った人物の声が耳に入ってくるのと同時に、首筋にひんやりとした感覚を覚えた。
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