56.死闘

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56.死闘

(駄目だわ! この距離だと、魔法障壁の発動が間に合わない……!)  それならば、と私も負けじと氷の剣を生成する。  すぐさま剣の柄を握りしめると、攻撃を受け止めるべく身構えた。剣と剣がぶつかり合う音が響き渡ったかと思えば、激しい衝撃波が巻き起こる。あまりの衝撃に、周囲の空気までも震えた気がした。  ビクトリアの力は凄まじく強い。何とか押し返そうとするものの、ギリギリと嫌な音を立てながら徐々に押されていくのがわかる。  学生時代──平民と同じ学校に通っていた頃は、授業の一環で剣術も習わされた。  当然、その時はろくに剣を扱うことさえできなかったけれど。……だが、どうしてだろう?  自身が持っている魔力を自覚し、受け入れた途端、まるで背中に羽が生えたように体が軽くなる感覚を覚えたのだ。  少し前までの自分は、魔法を使うどころか近接での戦闘でさえ人並み以下の力しか持ち合わせていなかったはずなのに。  ──今の自分なら、ビクトリアに勝てる。そう確信した。 (ビクトリアは、分かっているんだ。……覚醒した私に、魔法では勝てないということを)  だからこそ、先ほどから敢えて接近戦に持ち込もうとしているのだ。  剣を抜かせることで、こちら側に魔法を使う隙を与えないようにしているのである。  相手の作戦通りにさせないためにも、ここで下手に逃げの姿勢を見せてはいけない。 「死ねええぇぇぇえええ!!」  ビクトリアはそう叫ぶと、容赦なく私の心臓を狙うようにして刃を振り下ろす。  私は剣を握る手にぐっと力を込めると、逆らうようにしてビクトリアの斬撃を押し返した。剣と剣がぶつかり合ったことで衝撃が走り、互いにバランスを崩しそうになる。  ビクトリアは私が体勢を立て直した隙を突いて、再び切り掛かろうと体勢を低くする。その瞬間、私は地面を蹴り上げる勢いのまま、彼女が持っている氷の剣を薙ぎ払った。  持ち主の手から離れた氷の剣は宙を舞い──地面に叩きつけられた後、一瞬で砕け散る。  ビクトリアは目を見開いたまま硬直していた。私は、彼女の喉元に剣の切っ先を突きつける。 「……ここまでよ、ビクトリア。エマにかけた呪いを解く方法を教えて」  私が静かに告げると、ビクトリアの瞳は絶望に染まる。 「あ……あぁ……嫌……お願いだから、殺さないで……!!」  ビクトリアがそう懇願するのと同時に、彼女の体から黒い靄のようなものが立ち昇るのが見えた。  次の瞬間、ビクトリアは意識を失い倒れ込んだ。  黒い靄は、みるみるうちに姿を変えていく。  そして、黒竜の姿を象ったかと思うと、大きな咆哮を上げた。  鼓膜を震わせるような圧倒的な威圧感と禍々しさに、思わず体が怯みそうになる。  黒竜は、空中でゆっくりと羽ばたきながらこちらを見下ろす。  巨大な赤い目に見下ろされた途端、全身が怖気立った。その視線だけで、命を奪われそうだと本能的に悟る。  呆然としていると、黒竜は長い尻尾を大きく動かした。尻尾が鞭のようにしなると、鋭く尖った先端がこちらに迫ってくる。 (まずい……!)  瞬時に直感して横に転がるように避ける。その後、すぐに立ち上がって構え直すが、休む暇もなく今度は空中にいる黒竜が大きな火の玉を吐いた。  私は何とか魔法障壁を自分の目の前に出現させることで、それを防ぐ。  火の玉が障壁にぶつかることで激しい爆発が巻き起こり、爆煙で視界が覆われる。  直後、耳元で羽音が聞こえた。それに気づいた私は、慌てて防御するべく再び障壁を張ろうとするが── (駄目だ、間に合わない……!)  そう思った次の瞬間、凄まじい音と共に雷撃がほとばしった。雷撃は黒竜の体に直撃する。その途端、黒竜は苦しそうに呻き声を上げてよろめいた。  白煙がおさまり、徐々に視界が晴れてくる。一体誰が助けてくれたのかと周囲を見渡せば、少し離れた場所にオリバーとエマの二人の姿があった。 「……! オリバーさん! エマさん!」  どうやら、二人が同時に魔法を放って黒竜の動きを止めてくれたらしい。  怯んでいた黒竜は、やがて体勢を立て直すと、その赤い瞳でこちらを見据えながら咆哮を上げる。  すると、先ほどよりも更に強烈な威圧感が襲いかかってくるような感覚を覚えた。  このヒュームは、きっと何としてもビクトリアを利用して再び異界の門を開かせるつもりなのだ。  だからこそ、その邪魔をする私たちのことを目障りに思っているのだろう。 (それなら、尚のこと負けられないわ……)  そう思いながら、黒竜を睨みつける。すると、黒竜はこちらに向かってゆっくりと歩き始めた。そして、地面を這うようにして低い体勢になると、そのまま勢いよく突進してくる。  体当たりでもするつもりなのだろうか。あの巨体にぶつかられたら、ひとたまりもないだろう。  すぐに魔法障壁を張って、身構える。だが、あれほどの大きさとなると、正直なところ障壁が耐えられるかどうか分からない。  そんなことを考えていると、轟音と共に周囲に凄まじい旋風が巻き起こり、私は思わず目を瞑る。  やがて、旋風がおさまったので戸惑いながらも目を開けると、黒竜の頭上から無数の氷の針が降り注いでいるのが見えた。なぜか、黒竜は必死に目を庇っているように見える。 「コーディ! 大丈夫か!?」  同時に、背後からジェイドの声が聞こえてくる。  どうやら、意識を取り戻したジェイドが魔法で黒竜の突進を食い止めてくれたようだ。 「ジェイド様!」 「奴の弱点は、きっと目だ! あの赤い目を狙うんだ!」  その言葉に、私はハッとして頷く。そういえば、ヒュームが作り出した空間に閉じ込められた時、あの赤い目に吸い込まれそうになる感覚を覚えた。  今思えば、あの特殊な力を持つ目を使って私を取り込もうとしていたのだろう。  ──あの目は全てを見通す千里眼であり、心の目。だからこそ、私の精神に干渉してあの空間を作り出すことに成功したのだ。  ヒュームにとってあの赤い目は心臓部も同然。それを潰せば、形勢逆転だ。  黒竜はジェイドの攻撃が止むと同時に、再びこちらに向かって突進してきた。  私は複数の氷の槍を生成すると、黒竜の目を狙ってそれを次々と放つ。だが、目の周辺に氷の槍が着弾するも、竜の強固な皮膚と筋肉によって弾き返されてしまう。 (一体、どうしたら……)  ふと、頭に一つの案が浮かぶ。 (そういえば……魔力が籠もった鉱石は武器の性能を引き上げる能力を持っているのよね)  だから、自分で生成した氷の剣に鉱石をはめ込めばもっと力が引き出せるはず。  ジェイドたちに時間稼ぎさえしてもらえれば、即席で氷の剣に加工を施すことは十分に可能だろう。一か八か、やってみるしかない。  私は意を決すると、ジェイドたちに向かって呼びかけた。 「皆さん! 少しだけ、敵の意識をそらす時間をください!」  三人は驚いたような顔をしたが、やがて私の考えに気付いたのか黙って頷いてくれた。  私は彼らが気を引いてくれている間に急いで作業を行うことにした。  本当なら、一度鉱石の魔力を抽出してから武器に付与したほうがより強力になるのだが……今は一刻を争う状況だ。悠長に魔力を抽出している時間はない。  そう思い、懐から予め持ち歩いていた紫青石(しせいせき)を取り出して手のひらに乗せる。紫青石は、その名の通り青紫色を基調とした美しい輝きを放っている鉱石だ。  この鉱石が持っている「物を硬化させる特性」を利用すれば、氷の剣の強度が上がる。恐らく、竜の強固な皮膚をも貫けるほどになるはずだ。  私は祈るような気持ちで紫青石を氷の剣に近づけた。その途端、ちょうどいい窪みが出来て、鉱石がすっぽりと剣に収まった。  魔法で生成した武器は変形が可能だと聞いてはいたが、まさかこんな使い方ができるとは思わなかった。  私はすぐさまジェイドたちに合図を送る。三人は私の意図を察したのか、黒竜に魔法を放ちながらも頷いてくれた。  そして、剣を構えて黒竜に向き直ると、そのまま勢いよく地面を蹴って走り出す。  三人が放った魔法をまともに食らったお陰か、黒竜は怯んでいる。 (今だ……!)  心の中でそう呟きながら、一直線に突進する。  黒竜は私の存在に気づいたのか、尻尾を横に薙ぎ払うようにして攻撃してくる。  私は高く飛んで、何とかその攻撃をかわす。そして尻尾の上に乗ると、そのまま体を駆け上がった。  だが、後もう少しのところで黒竜が大きく羽ばたき、空中で強風を生み出したせいで私は振り落とされそうになる。  その予感は的中し──尻尾にしがみついていた手が離れて、そのまま空中に投げ飛ばされてしまった。 (嘘……!?)  私は宙に投げ出され、為す術もなく落下していく。不意に、下からジェイドの声が聞こえてきた。 「コーディ! これを使うんだ!」  ジェイドがいる方向を見ると、彼は氷で出来た巨大な円盤を生成してそれをこちらに向かって放った。彼の意図を汲み取った私は、小さく頷いた。  そして、氷の円盤が自分の真下まで飛んでくると、私はその上に着地する。そして、円盤を強く蹴って黒竜の頭上まで飛び上がり、そのまま黒竜の目を狙って剣を振り下ろした。  黒竜が咄嗟に目を閉じた瞬間。ガキィン、という凄まじい音を立てて剣と鱗が激しくぶつかり合う。黒竜は怯んで僅かに頭を仰け反らせた。  私は剣の柄をしっかり握ると、黒竜の瞼に刃を突き立てた。剣の先端が、確実に皮膚を貫いている感触がある。やがて、黒竜は断末魔のような雄叫びを上げた。 「グオオォォォォォ!!」  鼓膜が破れそうになるほどの鳴き声が辺りに響き渡る。  それに耐えながらも、私はもう片方の目に何度も剣を突き刺す。氷の剣は黒竜の眼球を易々と突き刺し、とうとう二つの目を潰してしまった。  私はとどめを刺すべく、黒竜の脳天に剣を突き立てた。 「──とどめよ!」 「グオオォォォォォォン!!」  黒竜は苦しそうにその場で激しく藻掻き暴れ続ける。  やがて、姿を保てなくなってきたのか、黒竜は徐々にその姿を煙のように変化させていき──やがて、完全に消え去ってしまった。 「わっ……!」  再び空中に投げ出された私は、そのまま落下していく。衝撃に備えて思わず目を瞑ると──数秒後、誰かが体を受け止めてくれたような感覚があった。  目を開けてみれば、ジェイドに抱えられていることに気づく。  彼は、ほっとしたような表情を浮かべながら口を開いた。
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