7.真の力(ジェイド視点)

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7.真の力(ジェイド視点)

 深夜零時を回り、日付が変わった頃。  ようやく消えていた照明が灯り、室内が明るくなる。  それを確認したジェイドは、アランを連れて別室へと移動する。  本来ならば、とっくに床についている時間なのだが、先ほどの騒動ですっかり目が冴えて眠れなくなってしまったのだ。  読書でもしようと思い、ジェイドはソファに腰掛ける。すると、アランが静かに口を開いた。 「あの、ジェイド様。コーデリア様のことなのですが……」 「彼女について、何か気になることでも?」  ジェイドが尋ねると、アランが躊躇うように口を閉ざす。  それからしばらく沈黙が流れた後、意を決した様子で彼は続けた。 「あの力……彼女、本当に魔法が苦手なのでしょうか? 私には、どうもそれが信じられなくて」  彼の疑問に対し、ジェイドは「ふむ」と考え込む。 「……確かに、俺もそこが気になっていたんだ」  コーデリアの力は、生まれつき魔力が少ないと自称している人間とは思えないほど驚異的なものだった。  それは、彼女が作ってみせた簡易ランプ一つを取ってみても明らかだ。 「本当に魔法が苦手な人間は、鉱石に流し込む魔力の量を調節するなんていう器用な真似はできないはずだからな」 「そうなんです。それに、何よりも……あの石からは強い魔力の波動を感じるのです」  アランの言葉を聞いて、ジェイドは思わず眉根を寄せた。 「やはり、お前もそう感じたか。──本人の言う通り、生まれつき保有している魔力が少なかったとしよう。なのに、どうして石から溢れるほどの魔力を感じ取れるのか……」  ジェイドが腕組みしながらそう呟くと、アランは頷いた。 「そう、ですよね……ですから、私はどうしても気になって仕方がないのです。もしかしたら、彼女は本当は──」  そこまで言ったところで、アランは言い淀む。 「……彼女の真の力は、俺たちが思っている以上に未知数だということだな」 「え、ええ……」  沈黙が続き、何とも言えない空気が流れる。  それを払拭するように、アランが再び口を開いた。 「でも、個人的には彼女はとても信用できる方だと思いますよ。思い出してください。昔──夜会でジェイド様にすり寄ってくる女性たちと言えば、皆、揃いも揃って打算的だったじゃないですか。そういう意味においても、彼女は違うような気がするんですよ」  アランの言葉を聞いて、ふとジェイドは自分がまだ人間の姿をしていた頃のことを思い出す。  デビュタントをして間もなかった頃のジェイドは、婿探しのために必死になっている令嬢たちにいつも囲まれていた。  しかも、夜会に出席するたびに絡まれるものだから、心底辟易していたのだ。 (そういえば……あの頃すり寄ってきた令嬢たちは俺がこの姿になった途端、手のひらを返したように近づかなくなったな)  あまつさえ、陰口を叩かれる始末だ。所詮、彼女たちはジェイドの外面しか見ていなかったのだろう。  そんなことを考えているうちに、段々と気分が沈んでいく。 「確かに、コーデリアが他の女たちとは違うということだけは分かる。何より、俺のこの姿を見て驚いてはいたものの嫌悪感を示すような素振りは見せなかったからな」  そう、嫌悪するどころか、寧ろ好意的な態度を取っていたように思う。  心なしか、ジェイドに向ける彼女のきらきらとした眼差しが犬や猫などの愛玩動物に向けるそれに近い感じがしたが……きっと、気のせいだろう。  確かに、この姿は人によっては愛らしく感じるかもしれない。  だが、ジェイドは断じて愛玩動物ではない。こう見えて、心は人間の頃のままなのだ。 「彼女が嫁いできてくれて、本当に良かったですね」  そう言って、アランはジェイドに向かって片目を瞬かせる。 「……しかし、彼女にとってこの結婚は酷だったかもしれないな」  コーデリアからしてみれば、一度も会ったことがない相手にいきなり縁談を持ちかけられた挙句、その結婚相手が猛獣の姿をしていたのだ。  そんな状況に置かれたら、誰だって困惑してしまうだろう。  両親を不慮の事故で亡くしたジェイドは、若くして公爵家の当主となった。幸いにも、領地経営に関しては優秀な人材に恵まれていたため何とかやっていけた。  そんな中、不運にも奇病に罹り獣化してしまったのである。  ジェイド自身は当面の間独身でも構わないと思っていたのだが、当然ながら親戚はそれを許さなかった。そこで焦った叔父が、無理矢理コーデリアとの縁談を取り付けたのだ。  勿論、最初は抵抗した。だが周囲の人間からしつこく説得され続け、とうとう根負けしてしまったのである。とはいえ、ジェイドにとってこの結婚は渡りに船でもあった。  というのも、ジェイドが人間に戻れない限り結婚相手など見つかるはずがないからだ。  ジェイドは、結婚するにあたってコーデリアの身辺調査を行った。  その結果、全てではないものの大体の事情は把握できた。  というのも、彼女は幼い頃から両親やきょうだい達から疎まれ随分と肩身の狭い思いをしていたことが分かったのだ。  ジェイドは当初、彼女にとってこの結婚は厄介払いされたようなものだろうが、「少なくともあのままあの家にいるよりはマシだろう」と考えていた。  けれど、よくよく考えてみれば彼女も年頃の少女だ。いくら本人が承諾した縁談だとしても、猛獣の姿をした男と結婚させられるというのは苦痛以外の何物でもないはずだ。  そう考えて、ジェイドは今更ながら罪悪感に苛まれた。  しかし、結婚してしまったものは仕方がない。だから、せめて彼女が何不自由なく暮らせるよう努力しようと心に決めたのだった。 「後悔していらっしゃるのですか?」  まるでジェイドの心を見透かすように、アランが問いかけてきた。 「……分からない」  正直、ジェイドは自分でもよく分からなかった。  確かに、自分の元に嫁いできてくれた相手に対して酷い仕打ちをしたと思っている。  けれどそれ以上に、彼女を──コーデリアを大切にしたいとも思っていたのだ。  だからこそ、ジェイドはコーデリアが実家で虐げられていると知るなり予定より早く彼女を邸に呼んで婚姻を結んだのだ。  別に、ヒーローになりたかったわけではない。ただ、人と違うことで奇異の目に晒され周囲に疎まれ続ける辛さは痛いほど理解できたから、自然と彼女の気持ちに寄り添うことができた。  ジェイドは、自分と同じような思いをしている少女を放っておけなかったのだ。そして、気づけば行動を起こしていたのである。  それが同情心からくるものなのか、それとも別の何かなのか──ジェイド自身もよく分かっていなかったが、とにかく彼女の力になりたいと思ったことに変わりはなかった。 「……でも、彼女を手放したくないと思っているのも事実だ。出来ることなら、幸せにしてやりたい」  そう呟くと、アランは微笑みを浮かべた。 「大丈夫ですよ。きっと、彼女はジェイド様のことを好きになりますから。私が保証します」  そう言って、アランは悪戯っぽく笑った。  彼の反応を見て、ジェイドは狼狽する。 「あ、いや……別にそういう意味ではなくてだな。コーデリアを実家に帰したら、また家族から疎まれることになるだろう? そんなことは、俺の正義に反するからだ。それに……せっかく嫁いできてくれたのだから、彼女には出来る限り快適に過ごしてもらいたいという意味であって……」  しどろもどろになるジェイドの様子を見たアランは、「ふっ」と吹き出した。 「ふふ、冗談ですよ」 「お、お前……人が真面目な話をしている時に……」 「すみません。あまりにも、可愛らしいことを仰られるもので」  口元に手を当てながら笑うアランを見て、ジェイドの顔には朱が差していく。  ジェイドは「どうも、最近こいつに弄ばれているような気がする」と内心ぼやいた。 「ああもう、お前と話していたらいつまで経っても眠れないだろう! ほら、俺は寝るぞ!」 「はい、私もこれにて失礼致しますね」  アランはそう言って一礼すると、そそくさと部屋から出ていった。  その後ろ姿を見送りながら、ジェイドは大きな溜め息を吐いたのであった。
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