吉高薫という男

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吉高薫という男

「おらあ! 吉高! ちゃんと、ボールを取れ!」  バスケットボールの弾む音がうるさい、初夏の体育館。建築されて三年めだという体育館は、まだ木の香りが新しく、フローリングがピカピカして明るい。  天井に張り巡らされた照明はかなり明るいが、開きっぱなしにされた扉の外の日光はさらに明るそうだった。今日もいい天気だなあ、なんて思っていたときに、ふいに大声が聞こえて僕は目を奪われる。 「だからあ、できまっせん!」  吉高が、投げつけられたボールを、身をよじってよけた。 「なんでだよ? 吉高!」 「なんっつうのー? おれ、バスケは嫌いっつうか、苦手っつうか」 「体育の授業に嫌いも苦手もあるか! この馬鹿者が!」  吉高が先生に追われて駆け回っている。その追いかけっこがおもしろいのか、みんな、ボールを弾ませる手を止めて、笑いながらふたりを見ていた。 「いや~ん! やめて? せんせ!」 「いや~ん、じゃない! 女か、お前は!」 「ほら、ほらおれ、こいつ、さとちゃんと一緒に体育見学してますから」  吉高は、先生から背中を掴まれそうになって、逃げこんできた。それが、やつ―――吉高薫―――が僕の名前を呼んだ、一番始めだった。  長野智というのが僕の名前なのだが、吉高が、まさか僕の下の名前を覚えているとは思わなかった。ましてや、親しげに、「さとちゃん」などと……。  僕は生まれつき喘息もちで、体育は決まって見学していた。 「長野は身体が弱いが、お前は健康だろう!」  吉高は体育座りの僕の後ろに駆け込んで、僕の肩を掴んでいた。細くて、白い指。ほんとに女みたいな野郎だな。大体が、この男のカマ言葉は、どうにかならないものなのだろうか。 「ま、ま、そうおっしゃらずに。な、さとちゃん」 「う、うん……」 「吉高、往生際が悪いな」  体育教師の金子が、僕の前に来て睨む。こっえ~! 僕が怒られてるみたいじゃんか! クラスメイトの注目を浴びて、小心者の僕はドギマギする。  ……でも、変だな。吉高のやつ、陸上にしろ、テニスにしろ、割と上手いほうなのに。なんで、バスケだけ、だめなんだろう。 「逃げるっきゃないか、仕方ねえ。じゃ、さとちゃん、よろしく頼んだわよ」  吉高が、僕の肩を叩いて、体育館を駆けて出て行く。バタバタバタバタ、と足音があっという間に過ぎ去ってゆくと、注目していた生徒たちが、げらげらと笑った。 「ったく、馬鹿者が!」  金子が、悔しそうに怒鳴る。 「お前ら、見てないでちゃんとやらんか!」  金子に怒鳴られて、クラスメイトは、にやにやしながらボールを弾ませ始めた。
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