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自戒・1
ありかが吉高のことを慕っているのは、はたで見ていて明らかだった。
ありかがキスをするように、吉高に向かって唇を尖らせる。濡れた黒い瞳で、上目使いに吉高を見上げる。そんな光景を見るたびに、僕はぎゅっと胸が締め付けられた。ありかは吉高がジョークを言うたびに、吉高の肩を叩いて笑っていた。ありかを含める吉高たちの集団が、教室中に響きわたるような大声で笑い合うたびに僕は面白くないと思っていた。
「ね、今日の放課後、吉高たちとカラオケ行くんだけどさ、長野くんも来ない?」
ありかが僕を誘ってくれたことがあった。でも僕はいろんな意味で、行きたくなかった。カラオケなんてものは行ったこともなかったし、自分がうまく歌えるとは到底思えない。「ラップ」なるものが流行っているらしいが、僕にとってみればとんでもない! 僕はただでさえ、日頃からカミカミなのだ。吉高筆頭の集団のなかで僕が浮いてしまうことは明らかだし、ありかと吉高のラブラブなシーンなど見たくもなかった。
「ごめん。今日は、ちょっと忙しいんだ……」
嘘をつく。帰宅部の僕が忙しいわけもなく校則で禁止されていたバイトをしているわけでもなく、強いて言えば中間テストの勉強があるくらいで……
「そっかあ。残念。また今度ね」
ありかが僕に天真爛漫の笑顔を向け、手を振って僕のそばを離れた。
こんな調子でありかの心が手に入るはずもないけど、せめても、ありかにかっこ悪い自分を見せたくなくて……。
本当に、ありかが吉高と付き合い始めた日には、きっとものすごく吉高を憎むだろう。ありかが吉高とデートしたり、手を繋いだり、キスをしあったり、ましてや、ましてや、エッチなど! ! 想像するだけでおぞましい! !
しかしそれも、時間の問題だった。
もしかしたら僕が知らないだけで、すでにふたりは付き合っているのかも。
吉高がありかのような可愛らしい女の子に好かれてそれを拒む理由など、ひとつも考えようがない。また、明るくて積極的なタイプのありかが、いつまでも片想いのまま手をこまねいているはずもなく、女からだろうがなんだろうがいずれ吉高に告白するであろうことは明らかだった。
そんなわけで、僕は勝手に吉高のことを悪く思っていた。吉高に負けていることを数え上げるにつけ、
「くだらない!」
と叫びたくなった。あんな男のどこがいいのだ! チャラチャラして能天気なキリギリスめ! せいぜい夏の間に遊んでいることだ! 冬になって凍えて死んでも僕は知らない!
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