自戒・2

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自戒・2

 でも……本当はわかっていたんだ。この世で一番くだらなく、ろくでもなく、意気地なしの最低男は僕だってこと……。この頃の僕は大変卑屈だった。生まれてきてすみません、という思いの裏返しに、ひと一倍高いプライドを隠しもっていた。傷つきやすくうすっぺらなプライドは、誰の目にも晒したことがなく。晒さないから折られることもなく、理想と現実は天と地ほどに離れていた。僕は一人っ子だったし、難しい年頃だ。大勢のひとに揉まれて生きるためにはどこかで誇りを保たなくてはいけないが、世界と僕自身の間には大きな河が流れていた。およそ折り合いが付くとは思われない。  僕は誰より僕自身が一番嫌いだった。嫌いであるけれども、自分であることには変わりないので、僕は自分を甘やかすことでなんとか存在を許す。ひとの会話にうまく入れなかったり、ひとに認められなかったりしたとき、現実にそれを乗り越えようとする勇気はない。心のうちで悪態をつくのが精一杯であった。  そしてそういうことも全部ひっくるめて、僕は自分が嫌いであった。卑怯だ、僕は卑怯者だ……。他人が正しいような気もしたし、馬鹿にされてたまるか、という思いもあった。ひと一倍折り目正しく育てられたが、一番正しい者が一番強いのではないことに、僕も気づき始めていた。正しくても間違っていても、強い者は強いのだ。競争のなかで育たなかっただけに、僕はひ弱な理屈屋でしかなかった。  誰とも本音で話したいとは思えなかった。自然、僕には友ができなかったし、寂しいけれどもどうしたらいいのかすらわからなかったのだ。この頃の僕の親友は本だけで、現実の世界で分かり合える者がいるとは到底思えなかった。僕は、自分のことをおたまじゃくしだと思っていた。頭でっかちだが手足がない。いつかカエルになれるとも思えない。とにかく僕は、ひとの役に立つ人間ではない。面倒で厄介なだけの存在ではないか。  僕は僕自身を持て余して途方に暮れていた。どういう立ち位置で存在すればいいのか、さっぱりわからなかった。先生がクラスをまとめていた小中学校と違い、高校生は自由で、それだけに主体的に生きることが求められた。正義がまかり通った時代が終わり、上から裁く者がいなくなった。  僕は世界とうまく付き合えないままで、取り残されていた。自由の喜びよりも、不安さのほうが勝っていた。実際、僕は不安でたまらなかった。檻に閉じ込められた動物でいたほうが平和で幸せだと感じていたが、成長する、ということは、檻がだんだん広くなって、しまいにとっぱらわれることに他ならなかった。自分が生存競争に勝ち残れるような強さを持っていないことにうんざりしていた。  そして、そういう人間が決して幸せになれないことを自分自身でよくわかっていた。
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