嘘からはじまる恋のデッサン

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「先生って普段、俺?呼びなの?」 すかさず聞き直した私に、はははっと俊哉が笑った。 「恥ずかしいな。先生ぶってるけど、実は僕まだ三年目だから」 「え?じゃあ……」 「今年二十五歳だよ。優からしたら、おじさんだな」 私が宙で年齢を計算しようとしたら先に俊哉が年齢を答えた。おじさんなんかじゃない。今まで接したことがない大人の男の人に、私は無意識に鼓動が少し早くなった。 「では、いつでもどうぞ」 そう言うと俊哉は恥ずかしいのか私から顔を逸らし、夜空のオリオン座に視線を向けた。 私はベンチの上の電灯の明かりを頼りにスケッチブックを広げる。 そして鉛筆を寝かせるように持つとゆっくり少しずつ俊哉の輪郭を描いていく。 「……優はさ、デッサンのどういうところが好きなの?」 「うんと……書いてると……嫌なことも寂しいことも何も考えなくていいから。白と黒と自分だけの世界だから」 「驚いた。同じだな。俺、いや、僕も真っ白なキャンバスとただ向き合ってる時間が1番好きだな」 私は生真面目に一人称を言い直す俊哉が可笑しくてクスっと笑った。 誰かの前でこうやって笑うのは本当に久しぶりだ。 そして気づけば私は夢中で鉛筆を走らせていた。俊哉の長めの前髪から切長で目尻だけほんの少し下がった目。センスの良い黒淵メガネ。睫毛が長くて鼻筋が通っていて形の良い薄い唇。 俊哉を構成しているモノたちを鉛筆に乗せて指に乗せて、私は何も考えずただスケッチブックに向き合っていく。
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