逢いたい相手

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まるでドアを壊してしまいそうな勢いで研究室へと飛び込んで来たのは一人の女子学生だった。 世に言うところの「地雷系」ファッションに身を包み、その靴は厚底で、フリル付きのスカートの丈は太腿の半ば程といった際どい装いの女子学生は、今年の春から日渡教授のゼミに加わった三年生の棚村(たなむら)さんだ。 僕らが属している史学部は三年生に進級する時点でゼミへと配属されるのが通例だ。 配属されたゼミにてそれぞれの研究テーマを半年くらいかけて決めて、教授の指導を受けつつ研究を進め、そして四年生になったら本格的に卒業論文へ取り組むことになっている。 棚村さんの装いは、言うなれば『辛気臭い系』な日渡ゼミにはおおよそ不釣り合いなんだけど、実は僕にとってツボにはまるものだったりもするから、内心ではとても有り難かったりする。 そんなことは誰にも明かしていないけれども。 その棚村さんはよっぽど慌てているのか、ツインテールにした黒髪を揺らしながら荒い息を吐いている。 まだ幼さを残したその顔は何時になく上気しているようにも見えたし、薄青のカラーコンタクトを付けた大きな瞳は爛々と輝いているように思えた。 その手に一冊の歴史雑誌を握り締めている棚村さんは、腹立たしげな雰囲気を漂わせている。 不穏な予感を抱きつつ、僕は「一体どうしたの?」と問いを投げ掛けてみる。 彼女はその言葉を待ちかねていたかのように雑誌の頁をバッと広げ、突き付けるようにして僕の目の前にそれを示す。 そして、「里見センパイっ! この記事ですっ! 見て下さい!」と、いかにも興奮した口調にて語り掛けて来る。 あちゃ~、タイミングが悪いよねと内心にてぼやきつつ、僕は棚村さんが突き付けて来た雑誌の頁へと目を遣る。 その頁には、ここ最近『歴史YouTuber』として人気を博している仙道(せんどう)助教授のいかにも自慢げな顔写真と、彼による記事とが載せられていた。 その記事は「俊才・仙道助教授が最新AIにて解き明かす『払戸川の戦い』の知らざれる真実!」と題されていた。 この日の何度目となるかも判らない溜息を内心にて吐きながら、僕は小声にて棚村さんへと語り掛ける。 「あのさ、棚村さんさ…。 その記事、後でゆっくり読ませて欲しいな。 だから取り敢えずはさ、ラウンジに先に行っててもらっていいかな?」と。 日渡教授が(いぶか)しげな視線を注ぎつつあるのが肌で感じられた。 1年半もご指導を賜っていたら、こんなことまで判るようになってしまうんだと変な感心を抱きつつ、僕は憤懣遣(ふんまんや)る方無しといった雰囲気の棚村さんを何とか研究室から追い出した。 それから日渡教授のほうへと振り向き「棚村さんから歴史雑誌の記事について解説して欲しいって頼まれたんで、ちょっと行って来ますね」と言い残してから研究室を後にする。 日渡教授は何か物言いたげな雰囲気だったけど、これ以上付き合うのは何だか面倒だったし、それに記事のことを問い質されるのも都合が悪かったから、ここは敢えて無視することにした。 逃げるようにして研究室を出た僕は、棚村さんを待たせているラウンジへいそいそと足を運ぶ。 史学部棟の一角にあるラウンジには何台かの自販機とソファーが置かれていて、授業やゼミをサボっている、いや、束の間の息抜きをしている学生達がたむろしている場所なのだ。
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