逢いたい相手

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隣の県に在る旧帝大の流れを汲む『南州(なんしゅう)大学』。 その史学部に属する仙道助教授が、『AIによる歴史考察』なるプロジェクトを立ち上げたことが、『払戸川の戦い』の研究に関する情勢を大きく変えてしまったのだ。 歴史上の人物達の価値観や考え方について現代を生きる我々が正しく理解することなんて困難だし、解釈する人の主観に左右されてしまうことも妥当では無いとの考えに基づいて、平安時代や鎌倉・室町時代、そして戦国時代や江戸時代など、それぞれの時代の人々の考え方を文献等に基づいてAIモデル化し、特定の条件下でどのような行動を取るのかをシミュレーションしてみようというプロジェクトだそうだ。 最初の頃はシミュレーションの精度も低く、再現度もいまいちで世間からあまり見向きもされなかったけれども、幾年も研究を重ね、それに加えてAIの専門家たちの力を借りることにより、シミュレーションの精度は次第に向上しつつあるとのことだ。 歴史上で名高い戦い、例えば『桶狭間の戦い』や『関ヶ原の戦い』などについて関係する武将達のAIモデルを作成し、当時の社会情勢や勢力間の力関係、はたまた武将同士の人間関係を設定してシミュレーションすることで、まだ部分的ではあると言えども戦いが発生した経緯を再現可能となるなど一定の成果を上げつつあるらしい。 そうなってくると世論とは日和見なもので、仙道助教授の研究が『最新AIと歴史研究との融合!』などと銘打たれ、その実績が雑誌やテレビなど様々な媒体で脚光を浴びるようになってきたのだ。 それに加えて四十代に差し掛かったばかりの仙道助教授はSNSの活用も手慣れたもので、自分の研究をSNSで発表し、また『歴史YouTuber』としてAIによる歴史考察を動画で公開したりするなどして、その成果を精力的に発信することで多くのファンを獲得しているらしい。 そこまでは同じ歴史を志すものとして、僕としても大いに賛同してはいた。 けれども、ここ最近になってから、仙道助教授は『払戸川の戦い』に関心を持ち始めてしまった。 そして、数十年にも渡って研究に取り組みながらも真相に迫ることの出来ない我等が日渡教授は、名指しこそされないものの『旧態依然な歴史学者』として()(こす)られることになってしまったのだ。 仙道助教授は「私がお手伝いして差し上げれば、何処かの教授様が長年に渡って解明に努めておられる『払戸川の戦い』の真相なんて、2~3年もあれば解き明かせますよ」などと、自分のYouTubeチャンネルでいとも自慢げに吹聴(ふいちょう)しているらしい。 もちろん口だけでは無く、その戦いに係わった人物である多田頼政、その主君である飯田実隆、そして敵将である勝浦正信について、彼等が遺した文献などを元にAIモデルを作成しつつあるとのことだ。 先ほどに棚村さんが僕へと突き付けてきた歴史雑誌の特集記事にしても、その成果を誇らしげに語る内容だったのだ。 実際、とても良く出来た記事だったように思う。 悔しいけれども。 様々な文献を参考として彼等の人物像を深く掘り下げ、これまでの研究成果についても幅広く参照し、それらを元としてAIモデルを作り上げて彼等の言動を検証しようとする内容には頷くしか無かったし、そもそも旧態依然とした研究方法に最新のAI技術を導入しようとする考え方そのものだって素晴らしいと思う。 でも…、それを嵩にかけて、これまで実直に研究に取り組んできた恩師を(ないがし)ろにするような態度にはやっぱり納得できなかった。
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