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「あ~ぁ。
アレですよぅ…。
当時のことを知っているご老人がどっかの山奥あたりで生き残ってくれていたら、何か手懸りになることが聞けるかもしれませんよね~」と、疲れ果てたかのようにラウンジのソファーへと横たわりつつ、提案とも妄想ともつかぬ言葉を口にする棚村さん。
その言葉を耳にした僕は、彼女が山奥の集落を訪れて古老に昔語りを乞う様を想像してみる。
旧い造りの家がポツポツと並ぶ苔生した集落の中を『地雷系』な装いの棚村さんが歩く情景は何ともシュールに思えてしまったし、きっと耳も遠いであろうご老人に対して彼女がどんな調子で話し掛けるんだろうと想像すると、実にカオスな心持ちとなってしまう。
僕はチラリと棚村さんを見遣る。
ソファーに寝そべって手足をばたつかせていた所為か、只でさえ短い棚村さんのスカートの裾は際どくめくれ上がってしまっていて、どうにも目のやり場に困ってしまう。
僕ら以外は誰もラウンジに居ないから良かったものの、棚村さんのこんな姿を他の人に見られてしまうのは嫌だし困るなと思った。
ややザワつきかけた内心を抑えるようにして、僕はこう口にする。
「全くだよね。
もしも多田頼政が生きていてくれて、そして証言でもしてくれたら一気に解決するのにね…」
棚村さんから目を逸らしつつ、何時に無く投げ遣りな調子にて。
その言葉を口にした直後、僕は「しまった!」と心中にて後悔を叫ぶ。
棚村さんの様にペースを乱されたとは言え、あまりに捨て鉢で現実味の無い発言だったな、と。
ゼミの先輩として相応しく無い態度だと感じたし、そして何よりも、彼女が僕に寄せてくれているであろう信頼やら敬意やらその他諸々を損ねてしまうのは実に良くないと思ったのだ。
恐る恐るといった感で、ソファに横たわる棚村さんへと視線を遣る。
すると、息を呑むような思いを抱かされてしまう。
その顔にさも愉しそうな表情を浮かべた棚村さんは、僕の顔をじっと見詰めていたのだ。
全く意図せずに視線がかち合ってしまったことにバツの悪い思いを抱く僕。
思わず目を逸らした僕は、彼女からからかいの言葉が投げ掛けられるかもと思って、つい身構えてしまう。
僕が彼女からついつい視線を逸らしてしまった時など、『里見センパイ~、どうしちゃったんですか?』などと、からかうような言葉を掛けてくるのが常だったりするのだ。
けれども、彼女は急にソファーからその身を起こしてから遠くを見るような目付きとなる。
それは、彼女が思索に耽っている時の仕草だった。
あれ、どうしちゃったんだろ?
今の言葉が彼女の機嫌を損ねでもしたのかなと内心にて狼狽える僕。
しかし、少しの沈黙を経てから棚村さんが口にした言葉は、僕の想像を全く裏切るものだった。
「そうですよっ!
直接に多田頼政に聞いちゃえば良いんですよ!」と、棚村さんはさも晴れ晴れとした口調にて言い放つ。
冗談だろう思った僕は、棚村さんの顔をまじまじと見詰める。
けれども、彼女の表情は至って真面目で、とても冗談を言っているようには思えなかった。
蛍光灯の明かりがまたも瞬いた。
それはまるで、彼女の揺るがぬ決意に向けて何者かが喝采を送っているかのように思えてしまった。
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