逢いたい相手

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棚村さんが歴史雑誌の件で騒ぎを起こしてから一週間が経った日の午後のこと。 石畳が敷き詰められ、その左右には漆喰塗りの塀が延々と続いている、まるで時代劇に出てくるような街の中を僕は棚村さんと並んで歩いていた。 棚村さんの装いは、普段のそれとはまるで異なるものだった。 薄青の留袖を身に纏っていて、髪の毛は何時ものツインテールでなくてアップに纏められていた。 その様は如何にも着慣れているように感じられた。 履いているのは普段の厚底靴ではなくて如何にも品のある雪駄であり、石畳にペタペタとその足音を響かせていた。 いつものカラーコンタクトも外していた。 久々に見る焦茶の瞳は何とも言えず新鮮だったし、その装いと相俟って何故かドキリとさせられてしまった。 僕らが歩いている場所は、ここ千登勢市内で『旧市街』と呼ばれている地区だ。 この千登勢市は、藩政時代には城下町として栄えていた。 市内の一角には往事の佇まいを残した旧い街並みが遺されていて、そこは『旧市街』と呼ばれて観光名所にもなっている。 そんな観光名所を並んで歩いているとは言っても、着物姿の棚村さんとデートなどしている訳では無いのだ、残念なことに。 並んで歩く僕らの後ろからは、大仰(おおぎょう)な黒い鞄を抱えた日渡教授がおっかなびっくりといった感で付いて来ているのだ。 後ろを歩く教授の様子を気にしつつ、僕は棚村さんに問い掛けてみる。 「ねぇ棚村さん…。 その知り合いの人ってさ、本当に過去の人を呼び出せるの?」と。 棚村さんは自慢げな表情をその顔に浮かべながら言葉を返す。 「状況にもよりますが、恐らくは問題無いかと存じます。 そのために、先生には多田頼政の書簡を持って来て頂いている訳ですし」と。 その説明って先週から何度も聞いてはいるけれども、未だに信じられない気分だ。 そして、普段とはまるで異なる棚村さんの丁寧な話し振りそのものにも違和感を抱かさせられてしまう。 普段の彼女の話し振りはまさしく年頃の女性って感じだし、『地雷系』な装いとマッチしたやや雑なもののように思う。 けれども、着物を纏った棚村さんの話し振りは至って丁寧で上品そのものなのだ。 上品な口振りでオカルトめいた話を聞かされても、むしろ違和感は膨らんでしまうように思われてしまうのだ。 疑わしげな僕の雰囲気を察したのか、棚村さんは改めてこう口にする。 「私の祖母の知己に、江戸時代から続く由緒正しき占い師の末裔がおられるんですよ。 七十歳過ぎの人の良いご婦人なんですけどね。 そのご婦人は陰陽道をベースにした占いをされるのですが、実は…、亡くなった人を呼び出して話をすることも出来るんですよ」と。 そこまで話した棚村さんは、ふふんと鼻を鳴らして更に自慢げな表情となる。
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