動き出した時間

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すると突然、泉の間に異変がおきた。 透明な空間にヒビが入るという不思議な現象がおき、例えるのなら、それはまるで部屋をおおっていた大きなシャボン玉がピキピキと割れていくような景色だった。 これも、サキ王子の魔法なのだろうかとミーティアは思った。 「私の結界が破られた・・?!」 サキ王子があせりの表情をうかべる。 すると、泉の間に誰かが入ってきた。 護衛の騎士が王子の加勢に入ってきたのだとしたら、どうしようとミーティアは不安が増した。 「何者だい・・?私の結界を破るとは、相当な魔法の使い手なのだろうね・・?」 サキ王子の言葉からして、どうやら護衛の騎士ではないらしい。 氷の柱の冷気で視界が悪いためミーティアにはよく見えないが、入ってきた人数は1人のようだ。 「王子だかなんだか知らないが・・」 聞き慣れた声がした。 「ミーティアに危害をくわえるようなら、相手が次期国王だろうと何だろうと、俺は魔法を使う!」 そこには、銀色の髪にアメジストの瞳をした青年がいた。 「ルーシェ・・?」 仕事に行ったはずのルーシェがなぜここにいるのかはわからないが、ミーティアはホッとして涙が出てしまった。 「もう大丈夫だ、ミーティア。何があっても俺が絶対に守る・・!」 泉の間で、ルーシェとサキ王子の戦いが始まろうとしていた。 「外の護衛の騎士はどうしたんだい・・?」 ルーシェをにらみつけたままサキ王子が問う。 「今は眠ってもらっている・・」 ルーシェもサキ王子から視線をそらさずに答える。 「ミーティアを呼び出した理由はなんだ?なぜ、こんなに怖い思いをさせた?」 ルーシェは落ち着いた態度で話しているが、とても怒っていた。 結界のはられた部屋にミーティアが呼ばれ、おまけに短剣の十字架のマークも消えてしまい、心配して急いでかけつけ中に入ってみれば氷の柱と冷気に囲まれ動けなくなっていて震えていたのだから。 「私はミーティア・オブリージュの黒いペンダントに用があっただけさ。すぐに私にそのペンダント、エターナルを渡していれば私も穏便に済ませたよ。だけど、こちらにも複雑な事情があってね。すぐに渡してくれないのなら、たとえ力づくでももらうしかなかったのだよ」 サキ王子はルーシェを観察するように眺めた。 「それにしても、私の結界を破った魔法使いは初めてだよ。だけど、君は魔力の流れがかなり独特だ・・。この流れ方から考えると、おそらく・・。君は人間ではないね?」 「ああ、そうだ。俺はヴァンパイアだ」 サキ王子はルーシェがヴァンパイアだと聞くと目を丸くした。 「驚いたよ・・!こんなに強い魔法を使える人間も数える程度しか存在しないというのに、ましてやヴァンパイアだとはね・・!そういえば、君の名前を聞いていなかったね」 「ルーシェ・シュピッツ・・。あんたは第1王子だったな。王都のアフロディーテ城に仕事に行った時に見たことがある」 「そうだよ。私は第1王子、サキ・コーラルレイン・・。ルーシェ・シュピッツと言ったね。君の名前は覚えておくよ」 氷の柱と冷気で動けないミーティアはルーシェとサキ王子の会話を聞くことしかできない。 「1つだけ聞いておくけど、君の大切な人に怖い思いをさせたのは事実だが私は王子だ。それでも魔法を使うのかい?」 サキ王子がルーシェをじっと見つめる。 「さっきも言ったはずだ。俺は相手が王子だろうと何だろうと、ミーティアを傷つけるのならば魔法を使う・・!」 ルーシェは腰に携えている短剣に手を近づける。 「なるほどね。愛か・・。まあ、私も人のことは言えないけどね。人は愛のためなら鬼になることもできるのだから・・」 サキ王子も右手をかかげるようにのばしはじめる。 「偽りの剣よ・・、眠っている姿をあらわせ・・」 ルーシェが短剣をつかむと短剣が姿を変える。 短剣からまぶしい青い光がはなたれると、青い十字架の形をした杖がルーシェの手ににぎられていた。 ルーシェの腰の短剣は剣士が戦うための本物の剣だと思っていたミーティアは、魔法を使う杖だとこの場で初めて知った。 「魔力が増した・・!?」 サキ王子が険しい表情をうかべる。 「封印・・」 ルーシェがそう唱え青い杖で十字を切ると、十字架のデザインをした大きな魔法陣がルーシェの足元にあらわれた。 「怒れる王子と氷の鎖に、心安らかなしばしの眠りを・・」 ルーシェの言葉に呼応するように十字架の魔法陣がミーティアとサキ王子の足元にも現れ、青く輝く。 すると、ミーティアのまわりを囲っていた氷の柱と冷気がなくなった。 「すごい・・」 ミーティアはルーシェがこんなにも強い魔法使いだとは知らなかった。 魔法が使えないためミーティアは魔法には詳しくないが、ここまで強くなるために努力を重ねたルーシェの真面目さを改めて素敵だと思った。 「氷の柱は封印した・・。ミーティアは自由に動いて大丈夫だ。あの王子もしばらくは動けない」 やっと動けるようになったミーティアは安堵する。 「ルーシェ・シュピッツ・・。ヴァンパイアでありながら・・、王族よりも強い魔力で・・、見たことがないほどの・・、強大な魔法を使う・・。私の結界を破った・・、唯一・・の・・、魔法・・、使い・・」 そう言って、サキ王子はその場に倒れてしまった。 「フラン・・シス・・」 ルーシェの魔法で眠ったサキ王子が小さくつぶやいた言葉は、ミーティアとルーシェには聞こえていなかった。
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