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「……寒っ…」
身体を震わせて、藤次は瞼を開ける。
「なんや…まだ朝やないんかい。つか、底冷え酷すぎやろ。エアコン…」
真冬の京都には慣れていたが、如何な今日は寒すぎて、エアコンの温度を上げて部屋を暖め、壁際で眠っている絢音に毛布を二重にかけてやり、自分は褞袍を羽織る。
「雪やん。こりゃあ積もるで…」
カーテンを開けてまだ暗い外を見やると、しんしんと雪が降り積もっていたので、明日が休みで良かったと胸を撫で下ろしながら、藤次は何か暖かいものでも飲もうと、階下に降りた。
*
「……ん…」
朝。
外から聞こえる子供の嬌声と藤次の声が耳をつき、絢音は目覚める。
「藤次さん?」
寝乱れた髪を整えながら窓から外を覗くと、通りで数人の子供と、何やら大きな雪玉を作る藤次の姿が見える。
時計を見ると、既に10時に差し掛かっており、慌てて階下に降りると、ハムエッグとウインナーと言うシンプルなワンプレートと、一枚のメモ。
−おはよう。寒かったやろ?よう寝れたか?簡単やけど朝飯。味噌汁は鍋ん中。あっためて食べ。藤次−
「おう。起きたか。」
「あ…」
赤い顔してメモを見ていたら、藤次が居間にやってきたので、絢音は瞬く。
「ごめんなさい。アタシ、こんな時間まで…」
「ええてええて。ワシが寒うて早よ目ぇ覚めただけや。暇やから雪掻きしとったら、近所のガキ共が遊べ言うて来よったから、雪だるま作っとってん。上手うできたさかい、後で見てみてや。」
「うん…」
「ん。ほんなら、味噌汁あっためたるわ。こたつ入って温うしとき。ワシもついでに、さっき作った甘酒でも温め直すかのぅ…」
「いいわ。自分の事くらい自分で…」
「ええからええから。」
「………」
そう言って台所に立つ藤次の背中を見つめながら、絢音は炊飯器からご飯をよそう。
「ほら。味噌汁と熱いお茶。火傷すなよ?」
「うん…ありがとう…」
「昼はうどんでもするか?冷蔵庫覗いたら玉が2つあったし、一っ走りして肉屋で「かす」買うてくるさかい、かすうどんとかどないや?」
「い、良いわよそんな。この雪の中怪我でもしたら大変だし、お仕事で疲れてる藤次さんを、台所に立たせるわけにはいかないわ。私考えるから、休んで?お願い。」
「せやかて…ワシが食いたいんや。それってワシの我がまんまにゃろ?やから…」
「でも…」
「ああもう!分かった分かった!ほんなら、それ食べたら一緒に肉屋行こ?ほんで、一緒に作る。これならええやろ?な?」
「うん…」
頷く絢音にホッとし、藤次は甘酒を啜りながら、こたつに入る。
「ほんまは、身重のお前を、こない寒い外に連れ出しとうないんやで?分かれや…」
「だって…もう安定期入ったから、運動した方が良いって、中山先生言ってたもん…」
「せやかて、雪道歩いてて滑って転びでもしたらどないするんや。冷えかて大敵なんやぞ?」
「だって…藤次さんと、一緒にいたいんだもん。」
「そりゃあ、そう思うてくれるん嬉しいけど、もしもがあったらあかんやろ?すぐ帰ってくるさかい、やっぱり待っとってや。後生や…」
「…分かった。ホントに、すぐ?」
「ああ。商店街まで、ワシの足なら15分かからん。肉屋の他に、夕飯も見繕ってくるから、一時間したら帰ってくる。せやから、編み物でもして、待っとり。ええな?」
「うん…」
「ん。ほんなら、行ってくるな。」
そう言って、額に軽くキスを落とすと、藤次は財布とマイバッグを持って、再び外に出て行った。
*
しかし、約束の一時間を過ぎても、二時間経っても、藤次は帰って来ず、絢音は心配になり、彼にメールをする。が…
「あ…」
ちゃぶ台の上に置かれた藤次のスマホを見つけて、絢音は更に不安になる。
「(絢音…お父さんとお母さん、すぐ帰ってくるけぇ、待っとりんさいね…)」
「(うん…アタシ…待ってる。だからお土産…忘れんでね?)」
「(うん。絢音の好きな苺のケーキ…買ってくるからね。良い子にしてるんだよ?)」
「(うん。お父さん…大好き!)」
「あ……」
カタカタと、震えが全身を走る。
脳裏に浮かんだ、両親との最後の会話。
あれから直ぐ、両親は川に流され、帰らぬ人になった。
まさか…藤次も…
不意に、通りの方で救急車のサイレンが耳を掠める。
「いや……」
ガラス窓を見やると、お気に入りの猫のぬいぐるみを抱えて両親を待つ、幼い孤独な自分…
息が荒くなり、涙が溢れてきて、胸が詰まって苦しくて…感情が掻き乱されて、ショールを羽織ると、無我夢中で外へ行こうとした時だった。
「絢音?!!」
玄関の戸が開き、荷物を抱えた藤次と鉢合わせる。
「と…うじ…さん?」
「どないした。真っ青な顔して…」
「だって…二時間経っても、帰って来ないし…スマホも、忘れてるし…だから…」
「ああ…せやったか。やからてお前、そんな薄着な上、裸足で…」
「だって…だっ…」
パラパラと涙が溢れてきて、藤次の空いている右側に縋り付く。
「買い物してたら、肉屋と八百屋で話し込んでもうて、遅なってもうた。嫌やったもんな。一人で待つん。ごめんな…不安にさせて。」
「…………」
ふるふると首を横に振る絢音を片手でぎゅっと抱き締めて、藤次はそっと身体を離し、外を見るように促す。
「あ…」
長屋街の通りに仲良く並んだ3つの雪だるま。
形も大きさもバラバラだが、お揃いのバケツの帽子で一目で分かった。それが親子だと…
「もうすぐや。もうすぐワシらも、こんな風に親子になれるんや。子供産まれたら、寂しいなんて言うてる暇あられへんで?せやから、うんと身体大事にして、元気な子…産んでや?」
「うん…」
溢れてくる涙を必死で拭いながら、絢音は藤次に促され、2人は家の中に入る。
孤独な時間が長過ぎて、幸せに慣れなくて、時々無性に寂しくなる。
でも、大丈夫…
大丈夫…
愛する人がいる。
支えてくれる人がいる。
大丈夫…
そう心で何度も呟き、絢音は藤次と共に台所に立ち、雪のちらつく午後…2人でゆっくりと穏やかな昼食を共にし、こたつで藤次に腕枕をしてもらい、産まれてくる子供のことについて語らい、風呂と夕食を済ますと、彼の広い腕に抱かれて、穏やかな眠りへと落ちていった。
夜空には雪の花が舞い、如月の京都を更に…絢音の肌の如く真白に染めて、行き交う人々の息を白く凍てつかせた。
*
「ほな。行ってくるな…」
「うん。行ってらっしゃい。」
自転車が使えないからと、いつもより早く出勤していく藤次を見送り、洗濯を回していた時だった。
「あ…」
ビクンと、お腹に感じた衝撃。
「うご…いた?」
少し膨らんだお腹を触ると、今度は確かにしっかりと胎動を感じて、絢音は顔を綻ばせる。
「やだ…もっと早かったら、藤次さんにも触ってもらえたのに…」
溢れる涙を堪えながら、スマホでメールを送る。
−赤ちゃん。動いた−
すると、直ぐに藤次から電話が掛かってくる。
「ホンマか?!ホンマに、動いたんか?!」
「うん。洗濯してたら急に…アタシ…」
「泣きなや…仕事さっさと切り上げて帰ってくるさかい、飯用意して待っててや。お土産も買うてくるわ。何がええ?」
その問いに、絢音は泣き笑い顔で応える。
「苺のたっぷり乗ったショートケーキ。約束ね。藤次さん…」
…彼女の好きな、真っ赤な苺。
その花言葉は…
「幸せな家庭」
どうかどうか、叶います様に…
願いを込めて、今日もその果実を口にする彼女に、どうか…幸多き未来を…
永久に…
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