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「また、迎えに行くんだろう?」
「当たり前だろ。いくら克死院から脱出する目処がなくなったって言っても、一人で放っておけねぇ」
「ああ」
俺は一つ頷き、話を続ける。
「聖、その脱出する目処なんだが。この病院のB棟の屋上には、自家発電装置が設置してあるらしいんだ。エントランスにポスターが貼ってあった。もしその自家発電装置を起動できたら、院内に電気を通せて、電話が使えるかもしれない。そうしたら、外部に助けを求めることができる」
聖は目を瞬かせた。
「そんなもんがあるんだったら、なんでいままでずっと停電したままだったんだ? 普通そういうのって、停電したら、自動で切り替わるようになってるもんなんじゃねぇの。元は病院だったんだし」
「これはあくまで予想だが、克死院が放棄されて送電が止められてから自動で切り替わっていたが、自家発電装置に入れてあった燃料を使い果たして、いまの状況になっているのではないか、と思うんだ。どう思う?」
「どう思うって、燃料がなくなってるんじゃ使えねぇ……」
聖もそこまで言って、俺の示唆していることに気がついたようだ。
「倉庫にあった、あの大量のポリタンクか」
「そう。あれを屋上に持っていって自家発電装置に入れれば、動くはずだ」
そこまで説明を終えると、聖は体から力を抜きながら、大きく息を吐き出した。
「お前ってさ、本当に頭いいよな。デブは階段上れねぇんじゃねぇかとか、それぞれの克死患者がなにを頼りに追ってきてるかを考えて、鍵やら車椅子やらを囮にするとかさ」
感心したような聖の言葉に、くすぐったさを覚える。俺は否定するように首を振ったが、それは決して謙遜だけではなかった。
「俺にもよくわからないんだが。克死院で目が覚めてから、ときどき、なにかが俺を導いてくれている気がするんだ」
「なにかって?」
「わからない」
端的に返事をしながら、俺の脳裏には海美の優しい笑顔が浮かんでいた。誰よりも優しくてかわいい、俺の双子の姉。
彼女は、この建物の中で死んだ。
もし、いまこの世界で魂が行き場を失っているとするならば。海美の魂が俺のそばに戻ってきているのかもしれないと思っても、構わないのではないだろうか。
可能性を考えていると、つい、俯いて黙りこくってしまった。そんな俺を見ながら、聖が短く言う。
「なあ、そろそろ手離してくんねぇ?」
「あ、ごめん」
俺が慌てて手を離すと、聖は離されたその手を握って開いてを数回繰り返す。
「それと、おれの服は?」
「血まみれになったから洗濯中だ。うまくいけば明日には乾くだろう」
「変なことしてねぇだろうな?」
「なんだよ変なことって」
いつもどおりの軽口が戻ってきて、俺はつい笑みを漏らす。
もし克死院の中で出会っていなかったら、聖と俺は一生交わることのない人種同士だっただろうと思う。俺の友人で、こんな派手な髪をしている者はいなかった。しかしなぜだか彼と一緒にいると、ひどく心地がよいのだ。
聖とゆめちゃんに巡り会えたことだけは、災いの中で拾った唯一の奇跡のようなものだと、俺は感じていた。
「それで、聖。ゆめちゃんのことなんだが、探しに行くのは、明日にしたほうがいいと思う。本当はいますぐにでも体制を立て直してB棟に戻りたいところだが、夜の探索はあまりにも危険すぎる」
俺の言葉に聖は一瞬表情を曇らせたが、それでも反論することなく頷く。
聖が克死状態から回復する前は、ゆめちゃんは一人で過ごしてきたのだ。心情は別として、彼女が克死院で危険をやり過ごしていけることは、俺も聖もわかっている。
「わかった、そうしよう。それで、明日はどう動く。まずはゆめを探すことに専念するか?」
「いや、A棟もある程度の様子は把握できているとは言え、何度も往復するのは危険だ。はじめから可能な限りの量のポリタンクを持って、ゆめちゃんを探しながらB棟の屋上へ向かう方がいいと思う。そこで自家発電装置に燃料を入れ、院内の電気の復旧を試みる。うまくいったら、電話で外部に救助を求める」
「全部一気に済ませちゃおう作戦な。じゃあ、今日のところは飯食って寝てようぜ。その作戦が上手くいくかはわかんねぇけど、明日もまた克死患者かき分けてB棟まで行かなきゃなんねぇことはたしかなんだ。しかも荷物付きでな」
「ああ、そうだな。体力を蓄えよう」
俺たちはそうして頷きあうと、二人きりで食事を済ませ、リネン室では二夜目となる床につく。瞼を閉じると、暗闇の中、膝を抱えてうずくまり、一人ぼっちで過ごすゆめちゃんの姿が浮かんでくるようだ。そんな切ない姿に、俺は心の中でそっと語りかける。
ゆめちゃん。君はいまいったいどこにいるんだ。どうして、俺たちから離れていってしまったんだ?
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