第6話 ライバル現る!

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第6話 ライバル現る!

今日のプロジェクト会議もなんとか両社の合意を得られて終了した。廸はプロジェクトのとりまとめ時期について、十分に検討した後に行うように主張していた。 ただ、新製品の開発には期限がつきものだ。それに市場が受け入れる時期というものがある。市場のニーズがないときに投入しても空振りに終わることが多い。せっかく先進的な新製品だから投入のタイミングが重要だ。 一方、このタイミングを見ている間に他社に先を越されてしまうリスクも考えておかなければならない。これらの留意事項を説明してようやく了解を得ることができた。 廸は相変わらず会議中ではビジネスライクに徹しており、とてもそっけない。『ごっこ』中に手をつないだり肩にもたれて眠ったりしている穏やかさはみじんもない。そのギャップに怖くなる時がある。廸にどっぷりと入れ込めないのはそのことも関係しているのかもしれない。 結婚して家庭を持って会議中のような議論をすると思うと躊躇するというか心配になる。議論するとなかなか一筋縄ではいかない強情なところもある。『恋愛ごっこ』中の廸と会議中の廸はどちらが本当の廸なんだろうと思う時がある。きっとどっちも本当の廸なんだろう。 でも仕事のパートナーとしたら最強の味方になると確信できる。それなら結婚してパートナーとなっても最強の味方になると思えてくる。 会議を終わって会議室を出てきたが、山口君と廸はまだ中で話をしているようでなかなか出て来ない。5~6分してからようやく二人が出てきた。廸は困ったような顔を僕に見せていたが、何も言わなかった。 帰り道で山口君が僕に話しかけてきた。 「リーダー、相談があるのでちょっと付き合ってもらえませんか?」 「相談? 良いけどなに?」 「飲みながら話を聞いてください」 「ああ、駅前に居酒屋があったね。そこでどうだい。久しぶりに二人で飲むのも悪くないな」 山口君は入社3年目だ。入社して半年の研修を終えてから他の部署に配属されていたが、今年になって僕のチームに配属になった。僕と違って超有名国立大学を卒業している。頭はとてもよくて理解も早い。 一方、いったん思い込むと自分の意見を曲げない強情なところがある。もっと柔軟でないと組織の中では仕事を続けていけない。部長には配属に当たって、もっと頭を柔らかくしてやってくれと注文をもらっている。 この居酒屋には初めて入ったが、落ち着いた雰囲気で、二人でゆっくり話ができそうだ。すぐにビールとつまみを3品ほど注文した。 「ところで話というのは?」 「先ほど会議が終わったあとで若狭さんに二人で会ってほしいとお願いしました」 「何だって、交際の申し込みをしたというのか?」 「もちろんプライベートでの付き合いの話です。仕事とは全く別です。リーダーにはここのところを了解しておいていただきたいと思って」 「了解するもなにも、プライベートなことなら、二人の問題だと思うけど」 「いずれ付き合うことになったら、噂にもなることもあると思うので、その前にリーダーにはお話ししておこうと思って」 「分かったけど、先方の了解は得たのか? OKの返事はもらっているのか?」 「今日のところはお願いしただけですが、しばらく考えさせてほしいとのことでした」 「それなら、まだどうなるか、付き合うことになるか分からないということだね」 「おそらく付き合うことになると思います」 「かなり自信があるんだ。それだけ自信があるから僕に話して了解を得ておこうと思った訳だ」 「仕事上から彼女を知ったということもあるので」 「プライベートといっても、今の状況なら仕事にもかかわっている。そういうことなら、先方に話す前に僕に相談してほしかった」 「これはプライベートなことなのに、ですか?」 「プライベートといっても仕事がらみだからだ。仕事上で知り合った仲だからね。もし交際を断られたら気まずくならないか? 仕事にも影響する可能性がある。できることなら交際の申し込みはこのプロジェクトの終了後にしてほしかった。それならどうなっても何の問題もないからね」 「仕事には影響しないと思います。むしろ好影響があるのではないかと思っていますが」 「そう思うにしても、先方の気持ちもあることだからね」 「それにしても、山口君は若狭さんには関心がないと思っていた。懇親会でもほとんど話をしていなかったしね」 「気がない素振りをしていただけです。そっけない態度をとっておいた方がかえって気を引くと思って」 「それも作戦のうちだったということか? 油断のならないやつだな」 「先方がこちらに関心を持っていても、こちらが無関心ならあきらめるでしょう。そこで無関心ではないことを打ち明けると嬉しいでしょう」 「そうかもしれないが、そんなにうまくいくのか?」 「今までは割と成功しています」 「山口君ほどの学歴と能力があればそうかもしれないな」 「リーダーもこのやり方を試してみたらいかがですか?」 「僕はそんな駆け引きには向いていないことがよく分かっているから」 「だから彼女もいないのかもしれないですね」 「はっきりいうな。ただ今回の君の行動がプロジェクトに影響しないことを祈るだけだ」 とは言ったものの、僕たちの『恋愛ごっこ』を考えると、その付き合いが仕事に影響しかねないと再認識をした。あの帰り道、彼女から『恋愛ごっこ』を提案されたときには深く考えることもなく了解した。 ただ、あのときはで本気ではなく『ごっこ』で、振りをするだけといわれて割り切って了解したが、もう少し深く考えるべきだったかもしれない。もし、断っていたら、プロジェクトに影響が出たかも知れない。安易に了解したことがよかったかどうか今となってはどうすることもできない。 でも『恋愛ごっこ』があるにしても、ないにしても、廸ならば影響させなかったに違いない。いや、『恋愛ごっこ』があるから、人柄が分かってかえって忌憚のない意見が言い合えることになっているのかもしれない。むしろ、彼の言うように良い影響があったのかもしれない。考えれば考えるほど分からなくなってくる。 「山口君、やはり二人で会う話、プロジェクトが終了してからにしてくれないか? 若林さんにそう言い直してくれないか? これはプロジェクトリーダーの僕からのお願いだ。若林さんも即答はせずに考えさせてほしいといったのだろう」 「そうですが」 「若林さんも僕と同じようにプロジェクトへの影響を考えて、即答は避けたのだと思う。もし君の申し出をすぐに断ったとしたら、影響が出ると思ったからじゃないか」 「断らないで受け入れたらよい影響があると考えるかもしれないじゃないですか?」 「いずれにしても、即答はなかったのだから、今回の答をプロジェクト終了後にもらうことでいいのではないのか? そう若林さんに伝えてほしい。これはプロジェクトリーダーとしての要望だ」 「分かりました。そう伝えます。プロジェクトが終了したら、勝手にやらせてもらうことでいいですか」 「もちろん、思い通りにしてくれていい」 いずれにしても、廸がどう回答するかは彼女自身の問題だ。
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