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第74話 辺境の花嫁
そしてその夜、酋長の好意で、ユスタッシュとルビーの婚儀がとりおこなわれた。ユイラ貴族のユスタッシュたちには心ばかりの、しかし、この村ではおそらく十年に一度あるかないかの盛大なお祭りだ。
旅用の飾りけのない服しか持っていないユスタッシュとルビーは、この村の花婿と花嫁が着る刺繍の衣装と、色をぬった木の実の首飾り、貴重な村の宝である銀細工の冠まで貸してもらえた。
両耳に赤い花をかけ、かがり火に照らされるルビーのおもては、一種異様なまでに神秘的だ。
たき火のまわりを輪になって踊る村人たち。
濃厚な盃。
二人は異郷の神の前で愛を誓いあった。
「死してなお彼女への愛を守りぬきます」
「生涯ただ一人のわたしの伴侶であると誓います」
ほこらのなかの小さな木彫りの神。
ユスタッシュとルビーはそれぞれの想いを神に告げる。神の代弁者である祭祀がこれを受ける。
「もし誓いをたがえたならば?」
二人は目を見あわせる。
「どんな罰を受けてもかまいません」
声がそろい、祭祀が頭上に祝福の花びらをなげる。
「この婚姻は神に認められた。くれぐれも誓いをたがえぬように」
そして踊り。祝宴。
なりたての花婿と花嫁は、村外れの洞くつへ入れられる。外からかんぬきがかけられ、入口が閉ざされる。奥には祭壇があり、赤い絨毯が敷かれていた。
「今夜はここですごすのね?」
「そのようですね。さあ、祭祀に言われたとおり、神の像にロウソクをささげましょう」
「ちゃんとロウソクはあるのね」
「ブラゴールとの交易で得ているようですよ」
すると急に、ルビーがふきだした。
「なんですか?」
「だって、あなたったら、ほんとに変わってないんだもの。あいかわらず、ロマンチックじゃないのね。小舟に乗せてくれたときのままだわ」
「すみません。私はそういう男なのだ」
ユスタッシュが恥ずかしさにうつむくと、ルビーの手が頬にかかり、彼女のほうをむかせる。ルビーは微笑んでいた。
「そんなあなただから好きになったんだもの」
「ルビー……」
ロウソクの細い光に照らされて、二人の影がゆれる。
無言になると、さっきまで強気だったルビーが急にモジモジしだす。これから何かがあると理解はしているが、まだ何があるとはわからない。乙女のはじらいだ。
ユスタッシュは少女の肩を抱きよせ、そっとくちづけた。
「異国の神よ。二人の愛をいつまでも見守っていてください」
神像の前に冠をささげる。薄くのばした銀細工がかろやかな音をたてる。それから、首飾り。ななめに肩にまいたショール。帯や、刺繍のほどこされた衣服。一つずつ、つみあげられていく。
ルビーは少しふるえていた。
「ユスタッシュ。わたし……」
ユスタッシュは幼い妻を両腕で包みこむ。
「愛しています。私の妻」
少女が落ちつく呪文を、何度もささやいて。
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