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第75話 風の旅人
翌朝。
ユスタッシュはカジエバ村から、ウィリスたちを送りだした。ウィリスと、もともと一星号に残してきた騎士たちだ。
「どうしてもお戻り願えないのですか?」
「すまない。エルタルーサにはよろしく伝えてくれ」
別れを惜しむフェアフォードたちにも、ユスタッシュは笑顔をなげる。
「そなたらも達者でな。最後に今一度会えて、嬉しかった」
「我らのほうこそ。ユスタッシュさま。離れていても、我らの忠誠はいつも、あなたさまのもとにあります」
「ユイラへ帰り、エルヴェを新たな主君として、私同様に仕えてくれ。ヴァルシアにもそう伝えるのだ」
「御意に。閣下」
勇ましい騎士たちの目に涙がにじんでいる。
「ですが、閣下。一つだけお約束ください。どうか、何年、何十年たとうとも、いつか必ずユイラへお戻りいただけると。我らの前に閣下のお元気な姿を見せてくださると。我々はそのときまで、何年でも待っておりまする」
真摯な瞳でのぞきこまれて、ユスタッシュは胸を打たれた。
「約束しよう。果てるときは、わが祖国ユイラでと」
騎士たちがかわるがわる、ユスタッシュの手をとり、くちづける。
抱きあう親友たちもいる。
「フェアフォード。元気で」
「閣下を頼んだぞ。ギュスターヴ。命にかえてもお守りするんだ」
「わかってるとも。おまえのぶんまで閣下とそのお妃さまをお守りする」
また、別れはマハドにも迫っていた。
「ハグン。おれ、ユスターハンと行くよ。おやっさんには、あんたから謝っといてくれ」
「そうじゃないかと思ってたぜ。達者でな」
「ああ。達者で」
ハグンたちは旅のあいだに大好きになっていた小さなお姫さま、ルビーにも最後の別れを告げた。
「姫さま。お幸せに。そうでなけりゃ、苦労して送ったおれたちの甲斐がないからね」
「ありがとう。わたし、もう充分幸せよ」
それは今日のルビーの輝きを見たら、誰にでもわかるだろう。
ルビーは泣きべそをかきつつ微笑んで、ハグンやウィリス、送ってきてくれた全員の頬にキスをした。
「みんな、大好きよ。ありがとう」
「おれたちも、姫さんといられて楽しかった。いつか、親父さんの店に、また来てくれ」
「いつか……いつかね」
別れはどうしても湿っぽくなってしまう。ましてや、おそらくはもう二度と会えないとわかっている人たちだ。
「さよなら」
「さよなら。みんな、元気で」
「侯爵さま。なにとぞ、姫をよろしく頼みます」
「ユスタッシュさま。我ら一同、御身のご健勝と幸運を祈っております」
「さよなら!」
手をふって、彼らが去っていく。
何度もふりかえるその姿を、ユスタッシュはこみあげる思いで見送った。
「あのなかにあなたがいたらと思うと、ルビー。胸がひきさかれる」
南国の巨大な葉陰に一行が見えなくなると、ユスタッシュはかたわらのルビーを抱きよせた。
「やはり、送りかえさないでよかった」
「そうでしょ?」
「あなたは正しい。私を一生、導いてほしい。私にはうまく舵をとる船長が必要だ」
「心配しなくても、わたし、思いっきり、おっかない奥さんになるから。あなたが浮気なんてしたら、ゆるさないわ」
「おっかなくありませんね。浮気なんてしませんから」
あーあ、と、マハドが肩をすくめる。
「デレデレ。見てらんねぇや」
ユスタッシュは照れかくしにせきばらいする。
「では、我々も出発だ。行くさきは古代の遺跡。神々の塔だ」
ユスタッシュの旅は始まったばかりだ。
やがて、希代の冒険家として名をはせるのだと、彼はまだ知らない。
そのかたわらには、いつも彼の愛する美しい妻がいたと、後世まで語りつがれることを——
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