歯並びに一目惚れ

10/15
前へ
/43ページ
次へ
────「大丈夫? 藤代さん」 「はい……」  楽しすぎて、美味しすぎて、ついつい飲み過ぎてしまった。  クラクラして、頭を上げると目眩がする。 「帰れる? 今、タクシー呼ぶから」  スマートにタクシーを呼んでくれようとする土屋さん。  夢のような一時が終わると思うと寂しくて、もう二度とこうして話せないことに名残惜しさが募る。  ……もう少しだけ、一緒に居たい。  あと一軒、付き合ってもらえないかな? 「土屋さん……」 「何?」  顔を覗き込む彼を見上げ、酔った勢いで懇願する。 「もう少しだけ、一緒に……」  微かに彼の顔が赤らんだ気がした。  ふらりと力が抜ける私を支えてくれる土屋さん。 「……帰りたくない」  どこか、遅くまでやっているお店に。  ふいに彼の顔が近づき、ドキッと心臓が弾む。 「そういうこと、他の人にも言ってるの?」  耳元で囁かれ、ゾクゾクして鳥肌が立つ。 「はい」  またそんな噓をついてしまう。  だって私は今、ホステスの設定だし。  今日だけは、別人になりきって大胆に生きたい。  自分を見失うほどの恋を。  それが私の夢だったから。 「わっ……」  突然力強く肩を抱かれ変な声が出る。 「……じゃあ、どこか泊まる?」  思ってもみなかった言葉に絶句し、心臓が爆発するかと思った。  一気に酔いが冷める。  私今、きっと相当間抜けな顔してる。  泊まるって、そういう意味?  恋愛初心者の私にだって、いくらなんでもわかる。  予想外の展開に、冷や汗が滲みながら口を大きく開けているしかなかった。 「ごめん。違った?」  私の反応に困惑した表情の土屋さん。 「やっぱり帰ろうか」  そう苦笑して私から離れる。  途端にまた寂しさが込み上げた。  腹を括れ。  そんな天啓が降りてくる。  こんなチャンス、もう二度とないぞと。 「違いません!」 「え……」  拳を握りしめ、震える声を振り絞る。 「一緒に泊まって……」  このままこの恋を終わらせられない。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3326人が本棚に入れています
本棚に追加