歯並びに一目惚れ

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 身体がグッタリして動かない。  朦朧とした意識の中、ひたすら呼吸を整える。  ……なにこれ。  好きな人に触れられるって、こんなに気持ち良いの? 「良くできました」  土屋さんは子供をあやすように私の頭を撫でて微笑む。 「今度こそゆっくり寝て良いよ」  穏やかな、優しい笑みだった。 「でも……続きは」  土屋さんは、全く気持ち良くなってない。 「大丈夫」  彼は再び腕枕をしてくれると、チュッと触れるだけのキスをした。 「続きは、次の時の楽しみにしておくよ」  途端に喜びが込み上げ、しがみつくように彼の胸に顔を埋める。  ……次も会えるんだ。  これで最後じゃないんだ。  天にも昇る気持ちで、不安が一気に和らいでいく。  やっぱり彼が好き。  会って話をして、こうして優しくされてもっと惹かれてしまった。  次に会う時には、もっと深い仲になりたい。  優しく撫でられている心地良さを感じながら、気づいたら安らかな眠りについていた。  ……そして、次の日の早朝。  ガバッと起き上がった時には、隣に彼の姿はなくて。  洗面所の方から、微かに水の音が聞こえる。 「あ、起きた?」  ひょこっと顔を出す土屋さんにホッとする。  そして、ちょっと恥ずかしいような気まずさも。 「仕事、間に合う?」 「はい」  思わずそう返事をしてしまったけど、そう言えばホステスの設定だった。  なんで土屋さん、私が早朝から仕事があるなんて思ったんだろう。 「わ、私も支度を……ひゃあ!」  ベッドから出た瞬間、土屋さんの行動に電流が走った。 「どうしたの?」 「いえ……」  ……土屋さん、歯を磨いている!  あの美しい歯を、ブラシで優しくこすっているなんて……    ……私がやりたい! 「あの、土屋さん」  鼻息荒く彼に近づく。 「……何?」  呆然とする彼の歯ブラシを、間髪入れずに奪った。 「私に磨かせて!」 「え?」 「お願い!」  こうなるともう、欲望を止められない。 「いいけど……」 「ありがとう!」  再びベッドに腰を下ろし、私の太腿の上に頭をのせてもらう。  所謂膝枕だ。  興奮を抑えられないまま、彼の口を覗き込んだ。 「口を大きく開けて」 「なんか恥ずかしい」 「いいから!」 「はい……」  大きく開けられた口内から見える白い歯。  ごくりと固唾を飲み込んだ。 「綺麗ですよぉー。とっても。ブラッシングしましょうねぇー」 「………………」  ……物凄く幸せ。  土屋さんの歯を独り占めして、思う存分愛でられるなんて。 「はい終了ですぅー」  そう言った瞬間、我に返って血の気が引き始める。  ……ついついいつもの癖で暴走してしまった!  これじゃ、歯科衛生士だってバレる可能性が…… 「……俺の口、好きなの?」 「大好きです!」  条件反射のように威勢良く返事をして、またギクリと冷や汗をかく。  土屋さんはニヤリと笑って、私の太腿にキスをした。 「じゃあ、次に会う時もいっぱいキスしようね」  色っぽい言葉にゾクッと鳥肌が立ち、頭が真っ白になる。  妖艶な笑みも、優しい眼差しも、どんな彼も魅力的で。  この時点で、土屋さんの虜になっていることを悟った。
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