あなたの虜

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「今日はありがとう」 「こちらこそ、ごちそうさまでした」  食事を終えて、内心私は期待していた。  このあとまた、二人でどこか泊まるんじゃないかって。 「送ってくよ」  だけど土屋さんはすぐにタクシーを呼んでくれて、泊まるつもりはないみたい。 「ありがとうございます……」  名残惜しさを感じつつも、そんなこと言えるわけがなくて、一緒にタクシーに乗り込んだ。 「………………」 「………………」  しばらく沈黙が続く。  それでも土屋さんと同じ空間は心地良い。  バレないようにちらりと見上げる横顔。  形の良い唇に、ごくりと固唾を飲んだ。  ……いっぱいキスしようねって言ってたのに。  今日はしてくれないのかな? 「大丈夫?」  急に視線が合って、ドキドキしながら目を逸らす。 「大丈夫です」  はしたないことを考えてるってバレてない?  だけど気持ちが溢れて抑えられなくて。  ふいに握られた手に、声を上げそうになる。  再び見上げると、土屋さんはさっきより顔が赤らんでいる気がした。  彼に触れられると、ドキドキするけど気持ち良い。  温かくて、幸福な気持ちになる。  そっと握り返して、私達はそれぞれの熱を味わうように手を繋いでいた。  だめ。やっぱり我慢できない。  もっと彼に触れたい。触れて欲しい。  土屋さんの体温が恋しくて堪らない。 「あの……家寄っていきませんか?」  ピクリと土屋さんの手が反応したのがわかった。  彼は真っ赤になって私を見るので、私も恥ずかしくなる。  だけど後に引けない。 「少しお茶を飲むだけでも……」  なんて言って、帰す気なんてないくせに。  あまりにも肉食で、引いたりしないかな?  心配になって彼を恐る恐る見ると、土屋さんは繋いでいる方と逆の手で顔を覆っていた。 「ご、ごめんなさい!」  やっぱり引いてる!? 「土屋さん明日仕事だし、早く帰りたいですよね。ごめんなさい、 変なこと言って」  いくら一緒にいたいからって、暴走しすぎた。  穴があったら入りたい。 「……いや……破壊力が凄くて」 「破壊力?」  キョトンとする私に、土屋さんは繋いだ手の力を強めた。 「じゃあ、ちょっとだけお邪魔しようかな」  じっとりとした視線に絡めとられ、また心臓が高鳴る。  まだ一緒にいられるんだ。  嬉しくて嬉しくて、緩んだ顔を抑えられない。 「愛美ちゃんこそ明日仕事大丈夫なの?」 「はい、私明日遅番なんで、器具の準備とかしなくていいんで……」  ハッと気づいて口ごもる。  まずいまずい。  歯科衛生士だってうっかりバレてしまうところだった。 「あー! お酒の準備! グラスの準備です!」 「それはウエイターがするんじゃ」 「ウチの店はセルフです!」 「くくく……」  ホステス設定、なかなか難しい。
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