歯並びに一目惚れ

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『恋に落ちる瞬間ってさ、自分でわかるもんなんだよね』  数年前、友達が飲みの席で言っていた言葉を思い出す。 『身体中がさ、叫ぶのよ。“この人だ!”って。あとはもう、その勢いに任せるだけ』  生まれてこのかた29年間、恋愛経験が皆無の私には、その言葉はほとんど都市伝説のように聞こえた。  内気、優柔不断、後ろ向き。数多くある自分の短所の中で、一番の特筆すべき欠点は、『惚れにくい』ことにあると思う。  思春期の頃から、成人した今まで、一度も恋に落ちたことがない。  芸能人に憧れることすら、一度も。  そんな私にとって、恋愛話をする友達も、街ゆくカップル達も、皆眩しく見えた。  私も死ぬまでに一度でいいから、恋をしてみたい。  うっとりするような、心が震えるような。  全てを見失うくらいの危険をはらんだ、大恋愛を。  そう夢見ていた矢先、まさかこんな形で体感するとは思わなかった。 ────「口を大きく開けてください」  落ちてきた。恋が。  その人の美しい歯並びと白く輝く歯に目を奪われ、心臓がびっくりするくらい震えるのを、私は信じられない気持ちで実感した。
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