あなたの虜

5/9

3249人が本棚に入れています
本棚に追加
/43ページ
「どうぞ」 「お邪魔します」  今更だけど気づいた。  私のうち、あまりにも質素で所帯染みている。  クラブに勤めているような華やかさなんて欠片もない。  1LDKの、必要最低限のものしかない部屋を改めて見渡し、恥ずかしくなった。 「つ、つまんない部屋ですみません」 「いや、すごく落ち着くよ」  そう優しく笑ってくれる土屋さんに、ホッと胸を撫で下ろす。 「座って待っててください。今お茶を」 「おかまいなく」  コーヒーを淹れて、土屋さんと並んでソファーに座る。  彼が家に居るなんて、まだ不思議な感じだ。 「ごめんなさい。土屋さん仕事忙しいのに、夜遅くまで」 「そんなことないよ。嬉しかった」 「嬉しい?」 「愛美ちゃんといると、疲れ吹っ飛ぶから」  魅力的な笑顔と言葉の威力で、全身沸騰するように熱くなる。 「ほ、ホステスなんで。そういうのは得意です」 「そっか」  そこでまた土屋さんが笑った。  ドキドキして落ち着かない。  自分から誘っておいて、どうしていいかわからないなんて。 「そういえば、見て。俺もアプリインストールした」  そう言って見せてくれたスマホに、この間私が教えたパズルゲームの画面が映る。  ……話を合わせようとして、付き合ってくれてるのかな?  私の好きなものに寄り添ってくれるのが嬉しい。 「わ、もうこんなレベル高いじゃないですか!」 「俺才能あるかも」 「ホントですよ! 悔しい、私より上手いか……も」  スマホから視線を彼に移した瞬間、土屋さんもこちらを見ていることに気づいた。  一気に心臓が高鳴る。  土屋さん、さっきまでのリラックスした顔から、男の顔に変化して。  そのまま顔が近づき、私達はゆっくり口づけを交わした。  ドキドキして胸が苦しいのに、気持ち良い。  力が抜けて、頭が真っ白で、何も考えられない。  彼に抱きしめられながら、何度も角度を変えて深いキスをした後、名残惜しくも唇は離れた。  息が上手くできない。  唇の余韻と土屋さんの熱に、クラクラする。 「……ごめん。そういう意味で呼んだんじゃなかったら、もうやめる」  ほんのり顔を赤らめて目を伏せる土屋さんに愛しさが募り、気持ちが溢れて抑えられなかった。 「……そういう意味です」  本当に、普段の私じゃないみたい。  土屋さんを前にすると、気持ちが止められなくて、いつもより大胆になれる。  そして、そんな自分は嫌いじゃない。 「……シャワー借りていい?」  そんな言葉に一々ドキッとしながら、フラフラになりつつ立ち上がる。 「今お湯溜めます」 「大丈夫だよ。……あ、でも、一緒に入る?」 「いっ!?」  キャパオーバーで倒れるようにソファーに尻餅をつく私を、土屋さんは楽しそうに笑った。 「まだハードル高いか」  土屋さんは、やっぱり今日も余裕だ。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3249人が本棚に入れています
本棚に追加