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『愛美? どうしたの。声、元気ないじゃない』
土屋さんと会わなくなってから数日。
自分でも目を背けたくなるほど悲惨な生活を送っていた。
料理する気にもなれないし、食欲は全くわかない。
寝不足で隈は酷く、お肌はボロボロ。
毎日仕事と家の往復で、空いた時間はただ無気力にベッドに横たわるだけの日々。
久しぶりの母からの電話も、全然頭に入ってこない。
『大丈夫なの?』
「大丈夫。ちょっと仕事が忙しいだけ」
『あんたすぐ無理するからぁ』
「大丈夫だって」
未だにこうやって親に心配をかけてしまって情けない。
私にも、母を安心させたい気持ちはあるけれど。
『仕事もいいけどさ、そろそろ結婚のことも考えんと』
ついに来たか、と身構える。
30歳を目前にして、母から結婚の話を振られることも多くなった。
『実はさ、母さんの職場の人の息子さんで、良い人がいるんだわ』
「だからいいってそういうの!」
『お見合いってわけじゃないよ? ただちょっと、お茶飲む程度。会ってみて嫌だったら、すぐ断っていいって』
「無理だよ。そんなの」
まだ傷心中だし、他の男性に会うなんて。
『素敵な人よ。写真見たら、男前だった。芸能人の○○に似てて』
母は相当乗り気のようで、頭を抱える。
『もう日取りも約束しちゃったんだわ』
「勝手に決めないでよ!」
『お願い。母さんの顔立てると思って。あたしもあんたの顔みたいしさ』
その一言に、声が詰まる。
そういえば、もう随分実家に帰ってない。
良いニュースなんて全く聞かせてあげられないし、たくさん心配かけてるんだろうな。
そう思うと、無下にもできなくなってくる。
『ね? ちょっと挨拶するだけでもいいから』
「……本当に、会うだけだよ?」
『ありがとう! 来週の水曜日ね! 場所は』
「ちょ、ちょっと待って。今メモするから」
慌てて壁に貼ってあるカレンダーにメモする。
来週の水曜日。場所はよりによって新宿の、大きなホテルのラウンジだ。
電話を切ってため息をつく。
……今から憂鬱だ。
だけどもしかして神様が、土屋さんのことを早く諦めろと言っているのかもしれない。
「結婚か……」
そろそろ本当に、現実に向き合う頃なのかもしれない。
再びベッドに入ろうとしたその時、インターホンの呼び鈴が鳴り響き心臓が止まるかと思った。
……まさかね。
恐る恐る画面を確認すると、胸騒ぎが的中したように男性が映っていた。
「土屋さん……」
またもや子犬のような目をした、今にも泣きそうな顔の土屋さんが立っている。
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