歯並びに一目惚れ

4/15
3232人が本棚に入れています
本棚に追加
/43ページ
 水曜日はいつもお休みの日だ。  昼過ぎまで死んだように眠って、適当にお昼ご飯を食べて。  いつもだったらタブレットで映画を観たりスマホゲームに没頭しているところだけど。  今日の私は、ずっと狂ったように土屋さんの名刺を眺めていた。 「土屋さん、課長なんだ」  33歳という若さで、役職についているなんて、仕事ができる人なんだろう。  もっと年上に見えるような、あの落ち着いた雰囲気からして、間違いない。  ますます素敵な人。 「はあ」  うっとりとため息を漏らす。  恋って本当に楽しい。  例え思いを告げられなくても、成就しなくても、月に一回会うことができて、口内を眺められるなら充分だ。  だけど私は恐れている。  いつ、土屋さんがうちのクリニックをやめてしまうかわからない。  そうしたらもう、二度と会えないんだ。 「………………」  名刺に書かれている携帯番号。  まさか。  流石にそこまでしてしまったら、私はクビになるどころか、警察に捕まってしまう。  今度来院した時に返そう。 「村井商事か……」  有名な会社だ。私でも聞いたことがあるくらいの。  魔が差して、スマホに会社名を打ち込む。 「新宿にあるんだ……」  うちのマンションの最寄り駅から、電車で30分しないくらいで行ける。 「………………」  まさかね。  そこまでするなんて。 「………………」  ……でも、遠くからチラッと眺めるくらいなら。  悪魔の囁きに負けて、クローゼットから一番新しいワンピースを取り出した。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!