歯並びに一目惚れ

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 慌てて追いかけて、落ちていたものを拾った。  ダークグリーンのハンカチ。  大変だ。すぐに届けなきゃ。  彼の背中に向かって急ぐ。  だけど繁華街の中は人が多く、なかなか進めない。  どうしよう。今度クリニックで渡す?  でもそんなことをしたら、ストーカーがバレてしまう。  やっぱり今、偶然を装って渡さなきゃ。 ────「お姉さん、お一人ですか?」 「え!?」  突然肩を叩かれ振り向くと、大きな看板を手にした若い男性がこちらに笑顔を向けている。  看板は煌びやかで、明らかに夜のお店だとわかった。 「お姉さん、キャバクラの仕事に興味あります?」 「はい!?」 「うち、時給良いよ。単発でもいいから入らない?」  なんてことだ。  生まれて初めて、夜のお店のスカウトを受けた。 「すみません、急いでますので」 「えー! 話だけでも聞いてよ。お姉さん、素質ある! びびっときた!」 「ちょっと、離してください」  なかなかにしつこい。  腕を掴まれた瞬間、だんだんと恐怖を感じ始める。  よく考えたら、こんな都会の繁華街に来たのも久しぶりで。  心細さに足が竦んだ。  良い大人なのに情けない。  このままじゃ、土屋さんのハンカチが。 「離して」 ────「何してるんですか。彼女、怖がってますよ」  背後から響いた低い声に、心臓が止まりそうになる。  スカウトの男性の手が離れ、やっと解放された。  ゆっくりと振り仰ぐと、そこには。 「つ……」  ……土屋さんだ。  こんな至近距離で、しかも目が合っている! 「あああああ……」 「大丈夫ですか?」 「はいいいいいい」  いつの間にかお店の男性は姿を消していた。  つまり、土屋さんと私の二人きり。(周囲はごった返しているけど) 「一人で歩いてちゃ危ないですよ」 「あ、ありがとうございました」  わざわざ戻って助けに来てくれたの?  なんて優しい人。  それに、助け方もスマートで、まるでヒーローみたい。  胸が苦しい。鼓動が速まって、うまく息ができない。 「本当に、大丈夫ですか?」 「だ、大丈夫です」  もしかして、今ハンカチを渡すチャンスじゃない?    勇気を出して、震える手でハンカチを差し出す。 「あの、これ……さっき、落とされてました」  土屋さんは目を丸くしてハンカチを見つめた。  ……まさか、訝しがってる!?  ストーカーがバレてしまってる? 「もしかして、これを届ける為に追いかけてくれたんですか?」 「……ごめんなさい」  ……終わった!  私の恋、終了!  気味悪がられて、もうクリニックにも来てくれないかも。 「いや……こちらこそ、お手間とらせてしまって」 「え……?」 「ありがとうございます」  柔らかい微笑みに、今度こそ一瞬心臓が止まった。  身体中の穴という穴から謎の光が放たれてしまう心境。  胸がリズミカルに弾み、苦しくて立っていられない。  ふらりとバランスを崩す私の肩を、咄嗟に支えてくれる土屋さん。  彼の手が触れて、身体がびくりと反応した。 「どこかで少し休みましょう。ハンカチのお礼もしたいですし」 「え!?」 「美味い店知ってます。和食とイタリアンどちらがお好きですか?」 「わ、わ、わ」 「和食ですね。行きましょう」  とんでもないことになってしまった。  彼に手を引かれ、気づいた時には路地裏の居酒屋に入店していた。
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