雪野へ

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王になるのは容易かった。何もしなかったと言ったほうが正しい。  兄弟はおらず、齢の近い者も遠ざけられている。彩王は彩王になる為に生まれ、ただ用意された椅子に座っているだけで、何もかもが与えられた。  それが、若い王には無性に腹立たしかった。  玉座について間もない頃から、周辺の首長達は女を献上し始めた。新王は齢十八。運良く第一皇后に選ばれれば、それだけで王の外戚という権力を手に入るとあって、地方から都から、あらゆる女性が召し上げられた。  後宮に集められた女達は、未だ顔も見たことがない彩王の到来を待ちわびながら暮らしていた。新王の后選びは、彩陽国にとって最も重要な(まつりごと)になっていた。  彩王は醒めきった目で、その狂乱を眺めていた。  小指一本動かせば、(たちま)ち極上の貴婦達が集められ、毎夜の様に楽しむ事ができるだろう。事実父王はそうした夜を好み、征服した地に赴いては自ら女性を物色した。だから命を縮めたのだと若い王は内心嘲笑う。  別に命が惜しい訳ではない。だが女に狂う男の阿呆面ほど、見ていてうんざりするものも無い。ましてやそれで命を落としたとあっては物笑いの種だ。  熱心に女達との夜伽を勧めていた家臣たちは、新王が誰とも床を共にしないと宣言すると慌てふためき、国の内外から集めた后候補達はどうなるのです、せめて誰かお一人お選び下さいと足元に(ぬか)づいて懇願し始めた。それが首長達への義理立てなのか、はたまた王としての責務なのかわからないが、家臣たちは彩王の一人寝を許さなかった。(しま)いには「小姓をお連れしたほうが宜しいでしょうか?」と聞いてくる者も現れる始末で、これが王に成ると言う事かと呆れ果てる。  根負けした彩王は、賢者とうたわれる老宰相を呼びつけてどうしたら良いか訪ねた。有りがたいことに、老宰相は笑わなかった。  「陛下の願いは最もで御座いますが、王たる者、常に国の利を考えなくてはなりませぬ。お后様を選ばれる行為ひとつ取っても、彩陽国の盛衰に関わる事なのです」  「彩陽の利、か。後宮には既に千を超える婦女が集っていると聞く。全ての者を娶る事は出来ぬ故、せめて一人に決めたいが、選ぶ基準もわからぬ。なれば彩陽(この)国に最も利をもたらす者を后としたい。誰が適していると思う?」  「それでしたら……北方のツァス国からの者が宜しいかと」  ツァスと聞いて脳裏に地図を思い描く。確か父王が最後に征服した土地では無かったか。  「何故その土地の娘が最適なのだ?」  「ツァスは長年我が国と敵対しておりましたが、前王は支配では無く統合という形をとりました。処刑を免れた各地の首長達は前王の慈悲に感銘を受け、率先して国土の平定に乗り出しております。もし陛下がツァスの婦人をお選びになられれば、かの地の首長達の我が国に対する感謝はいや増し、更に北のバンシャ、へトゥなどと言った異地の脅威にも対処できるようになりましょう」  「それはそうかもしれないが……国ならば西にも東にもあるんだぞ。祖王の時代から関わりが続くような王家の者達を差し置いて、蛮族の娘を娶るなどとは……」  「だからでございます。関わりの歴史が深ければ深いほど、因縁も禍根も深くなるもの。西の国の貴人を娶れば東の国から難癖がつけられ、東の国の婦女を第一皇后にすれば、西の国は争いのきっかけを見出すかもしれませぬ」  「まさか、そんな」  彩王は顔を引き攣らせる。ですから、と老宰相は力を込めた。  「東西の国を()なしつつ利を取るのであれば、ツァス国と関係を結ぶが吉かと……」  ううん、と彩王は唸った。しかしいくら唸った所で経験がある訳も無い。  考えた末、ツァスから来た女を寝所へ待たせるよう老宰相へ命じると、彩王自身はその日の政務へ向かった。
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