カルテ5『克美さん』 えん

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カルテ5『克美さん』 えん

「ふうん、『縄張り』ねえ・・・」 私達の報告を聞いた菖蒲さんが、いつもの無表情でそう言う。 「ちゃんと病院送りにしたの?」 「一人は半殺しで済ませました」 「じゃあ救急車呼べるから病院送りだね。よろしい」 全然よろしくないと思うが、菖蒲さんは納得した様子だった。 「持ち物は?」 「取り上げましたよ。これです」 克美さんが取り出したのは、三つの携帯と財布。 「完璧です、克美さん。依頼主にこのことも報告しておきましょう」 菖蒲さんがワンピースのポケットから財布を取り出し、一万円を桃さんに渡す。 「ママ、ありがとうございます」 そしてもう一万円、私に差し出した。 「えっ、えっ!」 「受け取りなさい」 「私、見ていただけですから、受け取れません」 「そういうことじゃない」 菖蒲さんは首を横に振った。 「これは『呪い』の一種で、『縁を切る』んですよ」 「縁を、切る・・・?」 「この一万円でなにか買いなさい。この一万円を『外の世界』に『流す』ことで、馬鹿三人との悪縁が切れます。『流し雛』と同じ原理ですよ」 「あっ、災いをヒトガタに移して、川や海に流すんですね」 「そう。人という川、人という海に流す。だから明日は出掛けてきなさい」 「真樹さん、二人でデートでもするぅ?」 「えっ、いいの?」 「うん!」 「じゃあ、そうしよっか」 「えへ、そういうことで、明日は真樹さんの運転でデートしてくるね!」 「遅くなるなら連絡をするようにね」 「はーい! じゃ、おやすみなさい!」 桃さんが自室に戻っていく。 「真樹さん」 「はい」 「三つ、教えを授けます」 菖蒲さんが指を三本立てる。 「一つ、暴力には『はずみ』があります。『うっかり』で殺してしまうこともある。この国では相手がどんな悪党でも、殺してしまえばこちらの罪です。たとえ、殺した方が良い相手でも、です。暴力は『自分の身を守る時』に使いなさい。いいですね?」 「はい」 「二つ、人間も動物です。故に話し合っても分かり合えないことがあります。そういう時は素早く大人しく諦めなさい。避ける、逃げる、関わらない。会話は勝ち負けではない。人間関係は善し悪しではない。相手に『勝った、自分が善だ』と思わせておきなさい。いいですね?」 「はい」 「三つ、人間関係は『断捨離』できます。どうしても駄目な人間とはなるべく縁を切りなさい。そしてそのあとに『縁を切る呪い』をしなさい。美味しいものを食べる、美味い酒を飲む、好きな服を買う、遊びに行く、なんでもいい。人生が少しだけかわります。いいですね?」 「はい」 綺麗事ばかり、のはずなのに、すう、と私のこころに沁みた。 「さ、真樹さんも、もう休みなさい。私も部屋に戻ります」 「はい。おやすみなさい」 「あっ!」 菖蒲さんが椅子から立ち上がるのに失敗し、よろめいた。咄嗟に克美さんが受け止める。 「ご、ごめんなさい」 「いえ」 「一人で立てます」 「無理しちゃ駄目ですよ」 克美さんが菖蒲さんを抱き上げた。お姫様抱っこだ。二人はそのまま、居間を出ていく。 菖蒲さんも、完璧ではないんだな。 というよりは・・・。 弱体化、している・・・? なんだか、そんな印象を受けた。
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