カルテ2『魑魅魍魎』 再び新生活

1/1
前へ
/29ページ
次へ

カルテ2『魑魅魍魎』 再び新生活

小林さんをシバいて数日後。今日は土曜日なので診療所は休みだ。 「雪弥さん、おはようございます」 無視された。めげずにもう一度。 「雪弥さん、おはようございます」 「俺に話しかけるな」 「ゆーきーやーさーん! おはようございます!」 「ッせえな! おはようございます!」 私は面白いことに気付いてしまった。雪弥さんは二度話しかけると、それ以降は普通に会話してくれるのだ。 「菖蒲さんは?」 「まだ寝てる。起こすなよ」 「はい。ところで何故、新聞を読みながら猫じゃらしで慈恩さんと遊んでいるんですか?」 「お前、猫飼ったことないだろ」 「ないです」 「猫は集中してる人間の邪魔をするのが好きな生き物なんだよ」 「成程・・・」 どう見ても猫と遊び慣れている。居間に来た翠さんは二人を見ると、微妙な顔をした。父親が猫になっておじさんと遊んでいるのは、確かに微妙な気持ちになるだろう。私は翠さんと二人で克美さんの手伝いを始めた。食卓に美味しそうなごはんが並ぶ。朝から炊き込みご飯だなんて、なんて贅沢なんだろう。 「碧、桃、翠」 「はい」 「はい」 「はい」 菖蒲さんに返事をする子供達。 「小遣いをあげるから、真樹さんを連れて服を買ってきなさい」 「えっ!! いいのぉ!?」 桃さんが瞳を輝かせる。 「真樹さんもこのところ勉強ばかりで疲れたでしょう。昨日のご褒美も兼ねて、子供達と遊んできてください」 「わかりました。ありがとうございます」 やったぜ、と内心喜んでいた時だった。 ぴんぽおん。 呼び鈴が鳴った。 「見てきます」 克美さんが席を立つ。そして数分もしないうちに、 『お願いしますーっ!』 と女性の叫ぶような声が聞こえた。 『お願いします! 私をここで働かせてください!』 まるで私のような台詞。菖蒲さんは、 「おやまあ」 と言って立ち上がり、それと同時に雪弥さんも立ち上がった。テーブルの下からしゅるりと慈恩さんも出てきて、三人は玄関に向かう。 「お、珍し。真樹さん、気にせんでええよ」 「でも・・・」 「まあ、見に行きたかったら行ったらええで」 子供達は何事も無かったかのように食事を続けている、私は、玄関へ向かった。 「ああっ! 昨日の、」 「司です! 小林司です! あの、先日はありがとうございました!」 小林さんは、なんと玄関の三和土で土下座をしていた。 「あの、私、昨日ビンタされた時に、自分になにが起こっていたのか理解しました! 幽霊に憑りつかれていただなんて思いもよりませんでした! 私、私も、貴方のように、私のように困っている人を助けたいんです! どうか、どうか、私にお祓い方法を伝授してください! お願いします!」 克美さんは困り、雪弥さんは睨み付け、慈恩さんは威圧感のある無表情で見つめている。 「いいですよ」 菖蒲さんが言った。 「適正はありませんから、その分、努力が必要ですが、それでもよいのなら」 「て、適正?」 「私達と同じ、或いは、限りなく近くなれる存在です。貴方は」 「ど、どういうことですか?」 「なんの因果か、私達にシバかれた人は私を王のように崇め、ここで修行をして一人前になると、ここを出て神をシバキ倒すことを生業とする。中にはその技術を他の者に継承する者も居る。私が女王なら、貴方は新しい女王蜂。いいですよ、貴方に私の技法を授けてあげましょう」 「は、はい!! ありがとうございます!! よろしくお願いします!!」 「神様は八百万。男神も女神も、幸福も貧乏も、一柱残らずまとめてシバキ倒します。まずはこの口上を覚えなさい。こちらは姉弟子の瀬川真樹さん。真樹さん、挨拶を」 「は、はい。瀬川真樹です。よろしくお願いします」 「よろしくお願いします!!」 「詳しい話は・・・。克美さん、司さんの分もある?」 「ありますよ」 「司さん、朝食がまだでしたら、どうぞ。詳しい話はそのあとにしましょう」 「ありがとうございます!!」 こうして、あっさりと、再び新しい生活が始まったのである。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加