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カルテ2『魑魅魍魎』 再び新生活
小林さんをシバいて数日後。今日は土曜日なので診療所は休みだ。
「雪弥さん、おはようございます」
無視された。めげずにもう一度。
「雪弥さん、おはようございます」
「俺に話しかけるな」
「ゆーきーやーさーん! おはようございます!」
「ッせえな! おはようございます!」
私は面白いことに気付いてしまった。雪弥さんは二度話しかけると、それ以降は普通に会話してくれるのだ。
「菖蒲さんは?」
「まだ寝てる。起こすなよ」
「はい。ところで何故、新聞を読みながら猫じゃらしで慈恩さんと遊んでいるんですか?」
「お前、猫飼ったことないだろ」
「ないです」
「猫は集中してる人間の邪魔をするのが好きな生き物なんだよ」
「成程・・・」
どう見ても猫と遊び慣れている。居間に来た翠さんは二人を見ると、微妙な顔をした。父親が猫になっておじさんと遊んでいるのは、確かに微妙な気持ちになるだろう。私は翠さんと二人で克美さんの手伝いを始めた。食卓に美味しそうなごはんが並ぶ。朝から炊き込みご飯だなんて、なんて贅沢なんだろう。
「碧、桃、翠」
「はい」
「はい」
「はい」
菖蒲さんに返事をする子供達。
「小遣いをあげるから、真樹さんを連れて服を買ってきなさい」
「えっ!! いいのぉ!?」
桃さんが瞳を輝かせる。
「真樹さんもこのところ勉強ばかりで疲れたでしょう。昨日のご褒美も兼ねて、子供達と遊んできてください」
「わかりました。ありがとうございます」
やったぜ、と内心喜んでいた時だった。
ぴんぽおん。
呼び鈴が鳴った。
「見てきます」
克美さんが席を立つ。そして数分もしないうちに、
『お願いしますーっ!』
と女性の叫ぶような声が聞こえた。
『お願いします! 私をここで働かせてください!』
まるで私のような台詞。菖蒲さんは、
「おやまあ」
と言って立ち上がり、それと同時に雪弥さんも立ち上がった。テーブルの下からしゅるりと慈恩さんも出てきて、三人は玄関に向かう。
「お、珍し。真樹さん、気にせんでええよ」
「でも・・・」
「まあ、見に行きたかったら行ったらええで」
子供達は何事も無かったかのように食事を続けている、私は、玄関へ向かった。
「ああっ! 昨日の、」
「司です! 小林司です! あの、先日はありがとうございました!」
小林さんは、なんと玄関の三和土で土下座をしていた。
「あの、私、昨日ビンタされた時に、自分になにが起こっていたのか理解しました! 幽霊に憑りつかれていただなんて思いもよりませんでした! 私、私も、貴方のように、私のように困っている人を助けたいんです! どうか、どうか、私にお祓い方法を伝授してください! お願いします!」
克美さんは困り、雪弥さんは睨み付け、慈恩さんは威圧感のある無表情で見つめている。
「いいですよ」
菖蒲さんが言った。
「適正はありませんから、その分、努力が必要ですが、それでもよいのなら」
「て、適正?」
「私達と同じ、或いは、限りなく近くなれる存在です。貴方は」
「ど、どういうことですか?」
「なんの因果か、私達にシバかれた人は私を王のように崇め、ここで修行をして一人前になると、ここを出て神をシバキ倒すことを生業とする。中にはその技術を他の者に継承する者も居る。私が女王なら、貴方は新しい女王蜂。いいですよ、貴方に私の技法を授けてあげましょう」
「は、はい!! ありがとうございます!! よろしくお願いします!!」
「神様は八百万。男神も女神も、幸福も貧乏も、一柱残らずまとめてシバキ倒します。まずはこの口上を覚えなさい。こちらは姉弟子の瀬川真樹さん。真樹さん、挨拶を」
「は、はい。瀬川真樹です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!!」
「詳しい話は・・・。克美さん、司さんの分もある?」
「ありますよ」
「司さん、朝食がまだでしたら、どうぞ。詳しい話はそのあとにしましょう」
「ありがとうございます!!」
こうして、あっさりと、再び新しい生活が始まったのである。
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