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カルテ3『過去盗観』 幸せの黒い猫
猫の慈恩さんに、エビのぬいぐるみを持って近付き、触れてみる。
「・・・なんで箸の使い方がわかるんだ?」
慈恩さんが首を傾げる。
「私の血のおかげ」
「何故だ」
「血には魂の情報が詰まってるんだ。私が知識を分け与えた。だから人間に紛れても問題はないよ」
「便利だな」
「早く食べな。熱いものは熱いうちにね」
さく、海老の天ぷらを齧る音。いつもは無表情な慈恩さんが感動で目を見開く。
「美味い」
「人間の食べものが一番美味いよ」
「・・・お前、いや、今更だな」
「なあに?」
「何故俺を拾ったのか」
「慈恩さんが優しいからさ」
「くッだらねえ・・・。本当に今更だ。最後まで面倒見ろよ。捨てたら祟り殺してやる」
「ははっ、そりゃ怖い」
慈恩さんは、とある名家のお嬢様に可愛がられていた白猫が、食料目当てにお屋敷に忍び込んだ黒猫に襲われてできた子猫の一匹だった。五匹の中で、唯一黒い、父親の血を濃く受け継いだ猫。そう判断され、捨てられて、たった一人で生きてきて、孤独だった。だから目の前の死にゆく女に、僅かな温かさを分け与えて、せめて安らかな最期をと願った。沢山の死を見つめてきた双眸で、今は愛おしそうに菖蒲さんを見つめている。
「お前、名前は?」
「菖蒲」
「花の名前か」
「そう。『花札』にも描かれている。あとで教えてやろう」
「知ってる」
「ん?」
「お前が分け与えたんだろうが」
「ああ、そうか」
「いい加減な女だ・・・」
騒がしい飯屋。目立つ二人。まだ細い慈恩さん。
「真樹先輩!」
振り返ると、司ちゃんが右手に『ちゅーる』を持っていた。
「碧君からおやつ貰っちゃいました! これ、どんな猫でも骨抜きになる魔法のおやつです! マタタビより凄いんですよ!」
「ああ、テレビのコマーシャルで見たことある・・・」
私は、ぽん、と司ちゃんの肩に手を乗せた。
「司さん、動物好きなん?」
「はい! だから慈恩さんもとっても可愛いなーって思うんですけど、どう接したらいいのかちょっとわかんなくて・・・」
「ああー、猫の時は普通に猫でええよ。人間の時には猫の時のこと言うたらあかんで」
「わかりました!」
「ちゅーるあるから、お近付きのしるしにーって言うて慈恩おじさんにあげてきたらどう? はい、これ」
「わっ、ありがとうございます!」
ぱち、と私は瞬く。
やっぱり。
生きものに触れると『過去』が見えるみたい。
「慈恩さん、お近付きのしるしに、ちゅーるをどうぞ」
司ちゃんは慣れた様子でちゅーるを食べさせる。慈恩さんも食べ慣れている様子だ。
次は誰に触れてみようか。
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