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カルテ3『過去盗観』 甘い雪
夕食が出来たので菖蒲さんを呼んでくるように克美さんに言われた。部屋の扉をノックするが返答はない。
「菖蒲さん、夕食の時間ですよー」
返答はない。そっとドアノブを握ってみる。鍵は開いていた。
「菖蒲さん・・・?」
菖蒲さんは敷布団の上に仰向けになって、寝息を立てていた。掛布団は被っていない。私の悪戯心が騒ぐ。そっと、菖蒲さんの肩に触れてみた。
「菖蒲・・・」
雪弥さんが、あの雪弥さんが、甘えた声と表情と仕草で、菖蒲さんに覆い被さり、愛おしそうに見つめている。
「駄目ですよ、雪弥さん」
「いつも言ってるだろ、二人っきりの時は雪弥って呼んでくれって・・・」
「今日は碧が居ますから」
「邪魔する程子供じゃねえよ」
雪弥さんが噛み付くようにキスをする。私は顔が真っ赤になった。美男と美女のキスだ。私は性行為に嫌悪感があるのに、やたらと綺麗に目に映った。
「菖蒲、触れたい、もっと・・・」
「あせらないでよ」
「じらすからだろ・・・」
「『あと』はつけちゃ駄目だよ」
「吸い付かない。舐めるだけ」
「噛むのも駄目」
「・・・わかってるって」
雪弥さんは幸せそうに微笑んで、菖蒲さんの首筋に舌を這わせ、耳の裏まで舐め上げる。そして耳朶を甘噛みして軽く引っ張った。
「んっ・・・」
「可愛い声。もっと聞きたい」
「ば、馬鹿」
「好き。愛してる」
「私も愛してるよ、雪弥・・・」
ガシッ!
「うわあっ!?」
「寝込みを襲うとは感心しませんね」
無表情の菖蒲さんが私の手首を思いっ切り鷲掴みにしていた。
「ユ、ユショクデス・・・」
「ああ、夕食。雪弥さんは?」
「デ、デンワタイオウシテマス」
「電話対応ね。わかりました」
ドタドタドタッ、と走ってくる音が聞こえて、慌てた様子の雪弥さんが扉から飛び込んでくる。そして私と目が合うと、思いっ切り睨んだ。私、なにも悪いことは、いや、したか。
「なんでお前が部屋に居るんだよッ」
「アヒェ!? ア、アノ、」
「雪弥さん、一人じゃ起き上がれませんから」
雪弥さんは私を押し退け、菖蒲さんの介助をする。菖蒲さんは、いつ、右目と右腕を失い、左足を引き摺るようになったのだろうか。
「雪弥さん、真樹さんに話がありますから、先に」
視線だけで人って殺せるんだな。
「真樹さん」
「ハ、ハイ」
「他は気付いていませんがね、貴方のやってることは窃視、盗み見ですよ」
「エッ!?」
「いや、不適切か。現状を見ているのではないのだから、盗撮、ですかね」
「アッアッ、ナ、ナンデ、」
「あまり見くびらないように」
「すっす、すみません!! 本当にすみません!!」
「真樹さん」
「は、はい!!」
「面白いでしょう」
「はえっ・・・?」
「悪事はバレなきゃ悪事じゃありませんからね」
「お、お許しくださるのですか?」
「バレた時の責任は取りませんから、程々にね」
「は、はい!!」
やっぱり、私は、
生きものに触れることで過去を見る力を、
・・・手に入れてしまった。
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