カルテ1『出会い』 菖蒲さん

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カルテ1『出会い』 菖蒲さん

ソウマ診療所は、田舎の景色の中にぽつんとある四角い白亜だった。綺麗なお豆腐。横にはいかにもといった民家が建っている。結構大きい。経営者の自宅だろうか。よく見れば畑もある。駐車場は広い。車を停めて、硝子のドアを押して開けた。 「こんにちはー」 男の低い声が受付から響く。待合室に他の患者は居ない。 「こんにちは、予約した瀬川で・・・す・・・」 吃驚して、言葉が途切れてしまった。物凄く大きな男がカウンター越しに椅子に座っている。2mを超えていそうな背丈で、岩石を組み合わせて造ったような筋肉をしていて、顔は精悍という言葉を使うには厳つ過ぎた。 「瀬川真樹さんですね。保険証をお預かりします」 「あっ、はい」 「それと、問診票に記入をお願いします」 「はい」 私は保険証を渡し、問診票とペンを受け取った。生年月日や住所、電話番号、そして『眠れない』と記入して受付に持っていく。 「保険証をお返しします。先生が呼ぶまでお待ちください」 「はい。ありがとうございます」 受付の男は、その身体や顔に似合わない柔和な笑みを浮かべた。 暫し待つ。 『瀬川さん、瀬川真樹さん、診察室にお入りください』 先程の男とは違う、男の低い声が館内放送で響いた。私はソファーから立ち上がり、廊下の奥の診察室の前に立つ。スライド式のドアは少し開けられていた。 「失礼します」 中に入った私は再び驚くことになった。医者は、受付の男よりは小さいが、背丈は確実に190cmはあった。そして、受付の男よりも筋肉があった。顔立ちは整っているが無表情だ。私に全く興味が無さそうな顔をしている。医者と患者なのに。何故か妙な威圧感を感じる。 「お掛けください」 「は、はい」 「『眠れない』とのことですが、夜はどのようにお過ごしですか?」 「ええと・・・、」 医者の対応は、表情に反してとても丁寧だった。私の言葉に頷き、素早くキーボードを叩いてパソコンに情報を記入し、時折私に質問する。 「・・・お薬を出しておきますね。二週間、様子を見ましょう」 「ありがとうございます」 「処方箋を受け取ってお会計を済ませたら、隣の家にどうぞ」 「えっ、」 「薬局も兼ねていますので。かかりつけの薬局があるのならそちらでも構いません。では、お大事に」 遮るように医者は言った。 「ありがとうございます、失礼します」 診察室を出て、処方箋が出るまでの時間を待つため、待合室のソファーに座る。テレビはニュースを報道している。マガジンラックには様々な雑誌が。小さな本棚には子供向けの絵本や図鑑。様々な大きな観葉植物が静かに息をしている。 さり。 なにかが擦れる音がした。さり。さり。一定のリズムで小さく。さり。さり。音の方を見ると、受付の男がなにかを庇うようにゆっくりと歩いていた。 さり。 私は思わず息を呑んだ。女性、いや少女か、わからない。彼女の顔立ちは今までに見たことのない美しさだった。大人の憂いと子供のあどけなさが調和した顔。さらさらと揺れる長い髪。肌理の細かい白い肌。ただ、彼女には、右目と右腕が無かった。右目には黒い眼帯。右の袖は空気を孕んでいる。 さり・・・。 「菖蒲さん」 彼女は一瞬、私を見た。受付の男は窘めるように彼女の名を呼んだ。彼女、菖蒲さんは身体を大きく前後に揺らしながら歩く。さり。さり。謎の音の正体は彼女だった。左足を引き摺っている。受付の男が硝子戸を開けると、菖蒲さんはなにも言わずに出ていった。 「瀬川さん、もう少しお待ちくださいね」 「は、はい・・・」 奇妙な光景だった。 彼女は一体・・・。
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