カルテ4『子供達』 千里眼

1/1
前へ
/29ページ
次へ

カルテ4『子供達』 千里眼

こんこんこん。 『真樹さん、司さん、おやつにしませんか?』 翠さんの声。 「先輩! おやつですよ!」 「あはっ! やった!」 二人で部屋を出て、翠さんと共に居間に向かった。 「お二人共、チーズが好きだと聞いたので、『クレーム・ダンジュ』を作ってみました」 「クレーム・ダンジュ?」 「クリームチーズを使って作ったチーズケーキです。『天使のケーキ』とも言われているんですよ」 「美味しそうですね!」 居間では、菖蒲さんと桃さんがいつもの席に座っている。菖蒲さんが居るのに雪弥さんが居ないのは珍しい。 「にひひ、『女子会する』って言って殿方には出てもらったの」 桃さんが言った。 「女が三人で姦しいなら、五人だとどうなるんだろう」 「ママ、変なこと言っちゃ駄目だよ」 最近、わかるようになった。菖蒲さんの気分、そこから醸し出される雰囲気。恐らく、桃さんに注意されてしょんぼりしている。翠さんはくすくす笑ってキッチンに行ったので、私と司ちゃんも手伝いにいった。白に少し黄色みがかったケーキを運び、苺のソースとブルーベリーのソースも添える。 『いただきます』 菖蒲さんの声で女子会が始まった。スプーンで柔いケーキを掬い、口に運んだ、その時だった。 「お母さん、行かないでぇ・・・」 まだ幼い翠さんが、菖蒲さんの紫色の着物の裾を掴む。 「翠、ずるいっ! 桃は我慢してるのにっ!」 碧君と手を繋いでいる桃さんが声を荒げた。碧君も桃さんも泣いている。 「ごめんね。でも、皆を守るために誰かがやらなくちゃならないんだ」 「だったらお母さんじゃなくてもいいでしょっ? 行かないで、ねえっ!」 「おや、言い負かされちゃったな」 菖蒲さんが苦笑した。それでもしっかりと刀を握り締めている。慈恩さんが翠さんを抱き上げる。翠さんは小さな身体で暴れて精一杯抵抗する。 「子供達を頼みます」 菖蒲さんは横を向き、俯き、そう言うと、星空を見上げて、地面を蹴った。あっという間に、宙へ。 「見えへんなってもうた・・・」 「碧にぃの馬鹿! 翠には見えるもんっ!」 翠さんの力。菖蒲さんの遺伝子が与えた、千里眼。 「ママ、ママ戻ってきて! ママ!」 「お父さん離して! お父さん嫌い!」 我を忘れて泣きじゃくる桃さんを克美さんが抱き上げた。雪弥さんは碧君の頭をぽんぽんと撫で、手を伸ばす。碧君は下を向き、涙をぽろりと零したあと、雪弥さんの手を握った。 20〇〇年、8月31日。 私も覚えている。時間帯はバラバラだが日本全国で地震が起こった。そのあと、海外でも地震が続き、一時期『世界の終わりだ』なんて言って、人々は混乱した。自然災害や流行病が短期間だが頻発して、私も怖かったのを覚えている。 「うおーっ! めっちゃ美味しいですね!」 司ちゃんの明るい声。 「真樹さん」 菖蒲さんに話しかけられる。今のは観ようと思って観たのではない。 「思念、強い思いがこもったものには、不用意に触れてはいけませんよ」 「は、はい」 「・・・あれ? ママ、お説教終わり?」 「お説教じゃないよ。注意。どうも真樹さんは引っ張られやすい性格をしているからね」 「あー、わかるわかる。良い人だもんねえ」 「翠」 「はい」 「とっても美味しいよ。また作ってね」 翠さんは顔を輝かせて、 「はい!」 と答えた。思念、強い思い。大好きなお母さんに褒められたいという思い。ドタドタドタッ。荒い足音が近付いてきた。 「母ちゃん! 大変や!」 碧君だった。 「どうしたの」 「『死霊使い』を名乗るわけのわからんばばあが来て、死霊がうちを取り囲んどる!」 「ふむ・・・」 菖蒲さんは、初めて、私の前で笑った。 「碧、桃、翠。二度と歯向かう気が起きないよう、徹底的に叩き潰しなさい」 「はいっ!」 「はーい!」 「は、はい!」 なんだか、とんでもない言葉が聞こえたけど、なんだ? 「では皆さん、行きましょう」 私達は庭に出ることになった。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加