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カルテ4『子供達』 千里眼
こんこんこん。
『真樹さん、司さん、おやつにしませんか?』
翠さんの声。
「先輩! おやつですよ!」
「あはっ! やった!」
二人で部屋を出て、翠さんと共に居間に向かった。
「お二人共、チーズが好きだと聞いたので、『クレーム・ダンジュ』を作ってみました」
「クレーム・ダンジュ?」
「クリームチーズを使って作ったチーズケーキです。『天使のケーキ』とも言われているんですよ」
「美味しそうですね!」
居間では、菖蒲さんと桃さんがいつもの席に座っている。菖蒲さんが居るのに雪弥さんが居ないのは珍しい。
「にひひ、『女子会する』って言って殿方には出てもらったの」
桃さんが言った。
「女が三人で姦しいなら、五人だとどうなるんだろう」
「ママ、変なこと言っちゃ駄目だよ」
最近、わかるようになった。菖蒲さんの気分、そこから醸し出される雰囲気。恐らく、桃さんに注意されてしょんぼりしている。翠さんはくすくす笑ってキッチンに行ったので、私と司ちゃんも手伝いにいった。白に少し黄色みがかったケーキを運び、苺のソースとブルーベリーのソースも添える。
『いただきます』
菖蒲さんの声で女子会が始まった。スプーンで柔いケーキを掬い、口に運んだ、その時だった。
「お母さん、行かないでぇ・・・」
まだ幼い翠さんが、菖蒲さんの紫色の着物の裾を掴む。
「翠、ずるいっ! 桃は我慢してるのにっ!」
碧君と手を繋いでいる桃さんが声を荒げた。碧君も桃さんも泣いている。
「ごめんね。でも、皆を守るために誰かがやらなくちゃならないんだ」
「だったらお母さんじゃなくてもいいでしょっ? 行かないで、ねえっ!」
「おや、言い負かされちゃったな」
菖蒲さんが苦笑した。それでもしっかりと刀を握り締めている。慈恩さんが翠さんを抱き上げる。翠さんは小さな身体で暴れて精一杯抵抗する。
「子供達を頼みます」
菖蒲さんは横を向き、俯き、そう言うと、星空を見上げて、地面を蹴った。あっという間に、宙へ。
「見えへんなってもうた・・・」
「碧にぃの馬鹿! 翠には見えるもんっ!」
翠さんの力。菖蒲さんの遺伝子が与えた、千里眼。
「ママ、ママ戻ってきて! ママ!」
「お父さん離して! お父さん嫌い!」
我を忘れて泣きじゃくる桃さんを克美さんが抱き上げた。雪弥さんは碧君の頭をぽんぽんと撫で、手を伸ばす。碧君は下を向き、涙をぽろりと零したあと、雪弥さんの手を握った。
20〇〇年、8月31日。
私も覚えている。時間帯はバラバラだが日本全国で地震が起こった。そのあと、海外でも地震が続き、一時期『世界の終わりだ』なんて言って、人々は混乱した。自然災害や流行病が短期間だが頻発して、私も怖かったのを覚えている。
「うおーっ! めっちゃ美味しいですね!」
司ちゃんの明るい声。
「真樹さん」
菖蒲さんに話しかけられる。今のは観ようと思って観たのではない。
「思念、強い思いがこもったものには、不用意に触れてはいけませんよ」
「は、はい」
「・・・あれ? ママ、お説教終わり?」
「お説教じゃないよ。注意。どうも真樹さんは引っ張られやすい性格をしているからね」
「あー、わかるわかる。良い人だもんねえ」
「翠」
「はい」
「とっても美味しいよ。また作ってね」
翠さんは顔を輝かせて、
「はい!」
と答えた。思念、強い思い。大好きなお母さんに褒められたいという思い。ドタドタドタッ。荒い足音が近付いてきた。
「母ちゃん! 大変や!」
碧君だった。
「どうしたの」
「『死霊使い』を名乗るわけのわからんばばあが来て、死霊がうちを取り囲んどる!」
「ふむ・・・」
菖蒲さんは、初めて、私の前で笑った。
「碧、桃、翠。二度と歯向かう気が起きないよう、徹底的に叩き潰しなさい」
「はいっ!」
「はーい!」
「は、はい!」
なんだか、とんでもない言葉が聞こえたけど、なんだ?
「では皆さん、行きましょう」
私達は庭に出ることになった。
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