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カルテ4『子供達』 西の女王
「う、うわっ・・・」
「ヒッ・・・」
私と司ちゃんは小さく悲鳴を上げた。実体を持たぬ霊、それも攻撃的な悪霊達が敷地外に溢れている。数は、百を超えているかもしれない。数えきれない。
『ケケケ、あんたが西の女王様かい?』
どこからか老婆の声が聞こえた。
『賞金首を狩りながらも、自らも賞金首なんだってね』
菖蒲さんは馬鹿にするように肩を竦めた。
『まさかこんな田舎にいたとはね。終の棲家、ってヤツかい? ケケ、今日でその人生、終わらせてやるよ・・・』
「さあ、子供達。暴れなさい」
私と司ちゃんは、信じられないものを見た。
碧君が空中に手を翳すと、アイオライト色に輝く巨大な剣が現れた。碧君の背丈より大きな剣だ。桃さんが両の拳を構えて握り締めると、ローズクォーツ色の籠手が現れた。防具ではなく武具のような見た目をしている。翠さんが構えると、ペリドット色の弓が現れた。美しく力強い弓だ。
一瞬だった。
碧君が一直線に駆け出し、悪霊を斬り、祓う。桃さんが碧君に襲い掛かろうとした悪霊に糸を伸ばし、括り付け、勢いよく引っ張り、その勢いで悪霊の顔面に拳を叩き込む。そして、碧君が跳ねたのではなく、飛んだ。碧君の作った道の先には、灰色のボロ布を纏った老婆が居た。翠さんが矢を打つ。額に命中し、老婆は目を見開き、ドウッと倒れた。碧君は剣を突き立てるように構え、そのまま地面へ着地した。
「おや、大口を叩いていた割には呆気ない・・・」
「す、す、す、すッごおい!!」
司ちゃんの言葉に、菖蒲さんは満足げに笑った。
「碧、桃、翠、あとでご褒美にお小遣いをあげるから、全部始末したら戻ってきなさい」
『やったー!』と子供達の声が重なった。
「さあ、真樹さん、司さん、万が一ですが、巻き添えを喰らったら死ぬので、戻りましょう」
「は、はい」
「はいっ!」
私達は居間に戻った。
「師匠! 碧君も桃さんも翠さんも、すッごく格好良かったです! バトル漫画に出てくる能力者達みたいですぅ!」
そんな、ことより。
碧君と桃さんは悪霊を『祓って』いたけれど、翠さんは、悪霊を使役する老婆を、殺したのではないのだろうか。司ちゃんはそのことに気付いていないのだろうか。もし、殺していたのだとしたら、去年までランドセルを背負っていたような少女がそんなことをしたのだとしたら、なんだか私は背筋が寒くなった。
「ただいまーっ!」
「ただいま!」
「ただいま戻りました」
子供達が帰ってきた。菖蒲さんはワンピースのポケットから財布を取り出すと、器用に左手だけで万札を三枚抜き、一枚ずつ、子供達に渡した。
「お母ちゃん、ありがとうございます」
「ママ、ありがとうございます」
「お母さん、ありがとうございます」
そう躾けられているのだろうか。両手で受け取った子供達は礼を言って頭を下げる。
「師匠、『西の女王』と呼ばれていたんですか?」
「ああ、まあね。昔は関西に居たんだよ。あっちは『護れるヤツ』が居なかったからね」
「護る? なにをですか?」
「地球」
「へっ? ど、どういうことですか?」
「知るのはまだ早い。真樹さんも司さんも弱いからね。もう少し修行しなさい」
「はいッ! 師匠、より一層修行に励みますッ!」
「真樹さんは?」
「は、はいっ! 頑張ります!」
「よろしい」
菖蒲さんは、元の無表情に戻ってしまった。菖蒲さんは、かつて地球を守っていた存在。鯨の克美さんと、人間の雪弥さんと、猫の慈恩さんと『主人と従者』の関係にある、謎の力の持ち主。
神は八百万。菖蒲さんも神様。
『私達』よりもっと高みに居る、崇高な・・・。
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