カルテ5『克美さん』 焼き魚

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カルテ5『克美さん』 焼き魚

「わ、今日はホッケなんですね!」 夕食の席、司ちゃんが嬉しそうに言う。 「では、いただきましょう」 菖蒲さんの声で食事が始まった。 「私、魚を綺麗に食べるの、ちょっと苦手なんですよね」 私がそう言うと、克美さん以外の箸がぴたりと止まった。碧君と桃さんは口を『い』の形にして瞳だけで克美さんを見た。翠さんはぱちぱちぱちと瞬いて克美さんを見た。雪弥さんは暫く静止した。菖蒲さんはいつもの無表情。 「あれ? 皆さん、どうしたんですか?」 司ちゃんは結構ザクザクと会話をする。私は嫌われることを怯えて必要なことを言えなかったり余計なことを言ったりして悪い結果を招いてしまいがちだ。 「あの、私、おしぼりを作ってきます」 翠さんがそう言って席を立った。 『真樹さん、司さん、聞こえますか。聞こえたら黙って私を見てください』 脳内に菖蒲さんの声が響いた。私と司ちゃんは菖蒲さんを見た。 『聞こえていますね。いいですか、こころの中で返事をしてください』 『は、はい』 『はい!』 『お二人共、手を使っても構いませんから、絶対に、魚を綺麗に食べてください』 『ええっ!?』 『わかりまし、え、な、何故ですか?』 翠さんがおしぼりを持ってきて、私と司ちゃんの手元に置くと、自分の席に戻り、食事を再開した。 『克美さんは食べものを粗末に扱うことを嫌います。その中でも、魚を粗末に扱うことを許せないのです』 鯨の王様、だからか? 『綺麗に、とは、お行儀よく、という意味ではありません。骨と皮以外を、身をきちんと食べてください。見苦しくっても誰も怒りません。この家で一番怒らせてはいけない人物が克美さんだからです』 『わ、わかりました、師匠!』 司ちゃんはお金持ちの家の子だ。元々躾けられているのか、綺麗に魚を食べ始めた。 『あ、菖蒲さん、サポートをお願いします!』 『いいでしょう。そのかわり綺麗に、きっちりと食べてください』 『はいっ!!』 その日の夕食は、味がしなかった。私はなんとか海底火山を噴火させることなく食事を終えた。ぷるるるるる、電話が鳴る。 「あっ、克美おじさん、私が片付けておきます」 「お願いしますね」 克美さんは電話を取り、応対する。 「・・・よ、よかった、父ちゃん、怒らんかったな」 「ママ、いつもみたいにしたんだよね?」 碧君と桃さんに、菖蒲さんが頷く。 「真樹さんと司さんが『破門』にならなくてよかったよ」 「は、破門・・・」 「克美さん、怒るとそんなに怖いんですか・・・」 「うん・・・。私さ、昔、『焼き魚ってなんかグロいよね』って言っちゃって、その時はもう・・・。パパが碧にぃと翠と私を避難させてくれて、ママと慈恩おじさん二人で落ち着くよう説得して、三時間、かな・・・。私、そのあと泣いて謝って『二度と生意気なこと言いません』って言ったの・・・」 「そ、そ、そ、そんなに?」 「そんなに・・・」 桃さんはがっくりと項垂れた。 「二人共、受験生なんだからそろそろ戻って勉強しなさい」 「わかった!」 「はーい・・・」 碧君と桃さんが自室に戻っていく。 「師匠、二人の進学先って決まってるんですか?」 「碧は〇〇大学。桃は◇◇女子高等学校に」 「わ! 一流大学じゃないですか!」 「まあ、碧なら問題ないでしょう。◇◇女子高は、ハッキリ言ってしまえば偏差値は低いのだけれど、制服が可愛くてね。二年生の修学旅行では北海道に五日間行くのがお決まりらしくて、それがまた豪華でね」 「おお! 北海道ですか!」 「他にも色々と、女の子が喜びそうな行事ばかりだよ。その先は未定。ま、就職も良し、進学も良し。さて、そろそろ戻らないと雪弥さんが様子を見に来ますから、二人共視線で射殺されたくないでしょう。おやすみなさい」 「菖蒲さん、おやすみなさい」 「師匠、おやすみなさい!」 私と司ちゃんは翠さんの手伝いをしてから部屋に戻った。 「先輩」 「なあに?」 「師匠って・・・」 「・・・うん?」 「師匠って、神様なんですよね?」 「・・・うん」 「私、ここに来て先輩に『魑魅魍魎』を祓ってもらってから、非現実的なことばかりなのに、毎日大学に行って、帰ってきたら普通のおうちで居候として過ごして、勉強して、寝る。なんだか、夢を見ているのか起きているのかわからなくなります」 「・・・あは、私も」 「・・・ですよね!」 「困った人を助けたい」 「共通の目的を持つ弟子同士、これからも頑張りましょう!」 「うん!」
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