カルテ5『克美さん』 ヤンキー

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カルテ5『克美さん』 ヤンキー

車を運転する克美さんは、物凄く窮屈そうにしていた。身体が大きいのだから仕方がない。 「ああ、生きた心地がしませんでした・・・」 「おじさん、車が苦手だもんね」 克美さんが珍しく疲れた表情をしている。 「あの、帰りは私が運転しましょうか?」 「そうしていただけると有難いのですが、そういうわけにもいかないんですよ」 「あのね、真樹さん。決まったルートを通らないと、うちの座標がバレちゃうんだって」 「ざ、座標?」 「そう。座標。うちって『結界』が張ってあるから、内部にピンポイントで飛ばれたりすると厄介なんだってさ。そういうことできるヤツも居るから駄目なの。あと名前もね、フルネームは言っちゃ駄目。こういう場所で自分の名前や、私達ソウマ家の人間の名前を言っちゃ駄目だよ。『お呪い』をかける時に必要だったり、知ってると『お呪い』の効力が上がったりするの。わかった?」 「うん、わかった」 「じゃ、行こっか。暗いから足元に気を付けてね」 人生で初めての心霊スポットだ。色んな意味で頼りがいのある克美さんと桃さんが居るとはいえ、かなり怖い。懐中電灯の明かりが頼りなく見えた。が、もっと広範囲照らすのもそれはそれで怖い気がする。 「おじさん、真樹さんは見学だよね?」 「そうですねえ」 「真樹さん、なにか感じる?」 「なんだか、拒絶されているような感じがする・・・」 「ふわっと感じるだけ? どこかから強く感じるとかある?」 「ふわっとかな。でも桃さんが奥に進むたびに、嫌な感じが強くなってる」 「オッケー、了解。今回は一匹だけだね。ほら、あの部屋に居るよ」 『404号室』と書かれている客室。 「ママが言ってた。『日本人はどうしても縁起を担ぐ生きもの』だって。だから数字とか語呂合わせに拘るヤツも多くて、今回もそういうのだね」 「へえー・・・」 「ドア、開けるから、ちょっと離れて見ててね」 「は、はいっ・・・!」 ギィィ、と不気味な音を立てて、ドアが開かれる。私はなんとか悲鳴を飲み込んだ。部屋の中に居たのは、真っ赤なキャミソールを着た、恐らく女。恐らく、というのは、その女の頭髪が無かったからだ。乱暴に剃られたような無残な頭髪。がりがりに痩せた身体、真っ赤な口紅と真っ青なアイシャドウ。目は見開かれ、あらぬ方向を向いている。 「うわ、キモいなあ・・・」 桃さんの声に反応して、女がカタカタと揺れながらこちらに向かって歩き出す。 「はい、おやすみ」 寝る前に軽く挨拶を交わすような気軽さでそう言って、桃さんは女の頬を叩いた。スパンッと良い音。女はゆっくりと消えていった。姿が薄くなるにつれて、生前の姿を取り戻したのだろうか、ふっくらと肉付きの良い、艶のある髪が美しい女性の姿になって、少し驚いたあとに、寒い夜に湯に浸かったような安心した顔をして消えた。 「・・・よし! 真樹さん、おしまいだよ」 「帰りましょう」 桃さんと克美さんが言う。 「呆気ない・・・ですね・・・」 「真樹さん、今のは結構厄介なヤツでしたよ」 「そうなんですか?」 「ええ。女性には無害ですが男性には有害なモノでした。どうです? 嫌な感じは消えましたか?」 「あっ、そういえば、しないです。消えました」 「無害な女性でも、敏感な人には嫌に感じる程の力は持っていた、ということです」 「ひぃ・・・」 「この辺りを分析できるようになれば独り立ちの時期、ということになりますね。さ、帰りましょう」 「はいっ!」 今、居るのは二階。階段を降りて玄関ホールへ行った。 「あれっ? 人いンじゃん」 「わっ、可愛い女の子ォ」 「それとデケェおっさん」 いかにも『グレてます』といった装いの若い男が三人、懐中電灯と、何故か木製のバットを持って、玄関ホールから中に入ってきた。 「ここ、俺らの『縄張り』なんだけど、なに不法侵入してンの?」 一人の男が、そう言った。
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