カルテ1『出会い』 碧、桃、翠

1/1
前へ
/29ページ
次へ

カルテ1『出会い』 碧、桃、翠

薬局も兼ねているという民家の戸を開ける。奥はどうなっているのかはわからないが、入り口はきちんと薬局として機能しているようだ。 「処方箋をお願いしま・・・、」 薬剤師を見て、私の口は驚きでそのまま開いてしまった。美青年という言葉のために産まれてきたような男がカウンターの向こう側に座っていたからである。ふわふわの毛、猫のような大きな瞳。一目で男性だとわかるが、どこか女性らしさもある。『中性的』の一言で片付けるには難しい容姿だ。 「お預かりします」 低い声。処方箋を受け取って調剤室に消えていく時に見えた、均整の取れた身体。ソウマ診療所は一体、なにを隠しているのだろうか。表に見えるのは奇妙な光景ばかりである。と、突然、出入り口の戸が大きな音を立てて、乱暴に開いた。 「ただいまあーっ!!」 入ってきたのは、可愛らしい少年だった。 「おっ、お客さんや!」 調剤室から『客じゃねえ!』と叱る声が聞こえる。 「おじさーん! 頼まれたモン買ってきたで! 冷蔵庫に詰めたら遊びに行ってええかーっ!?」 少年の手にはスーパーの袋。奥に居る薬剤師の返答を待たず、少年はバタバタと足音を立てて家の奥へ行ってしまった。 「瀬川さん、お薬をお渡しします」 「はい」 薬剤師が薬の説明をする。なんだか『早く帰ってほしい』というような圧を感じる。猫のような大きな瞳が僅かに歪んで、私を睨み付けているように見えた。 「ご不明な点はございませんか?」 「・・・あの」 「はい」 「視えて、いますか?」 「・・・なにがですか?」 私はそっと、左肩を指差した。 「ここです」 薬剤師は首を傾げる。 「・・・すみません、なんでもありません」 「そうですか。お大事に」 「ありがとうございます」 やっぱり駄目か。私は薬を受け取って会計を済ませ、薬局を出た。 「視えない、か・・・」 私の肩にしがみつく父の霊は、私以外、誰にも見えない。信じてくれたのは悟だけ。父は夜の店の女に騙されて借金を作り、母とはそれが原因で離婚した。 父は何故か私を恨んだ。 母が私を産まなければ、母はずっと『俺の女』だったのに、『子供の母親』になってつまらなくなったから、夜の店に行ってしまったのだと。浮ついた気持ちになって夜の店に行ったのも、女に騙されたのも、借金を作ったのも、首を吊ったのも私のせいだと言って、今も私の肩にこびりついている。 と、突然、出入り口の戸が大きな音を立てて、乱暴に開いた。 「いってきまーすっ!!」 さっきの少年だ。 「あっ、お客さん、やのうて、患者さんか! お大事にー!」 「ちょっと待って!」 私は思わず呼び止めてしまった。少年はきょとんと首を傾げる。 「あの、ちょっとお話したいんだけど、いいかな?」 「うん! ええよ! なに?」 今時珍しいくらいの純朴な少年だ。 「おねえさんの、ここ、なにか視える?」 「・・・おー、なんや汚いおっさんおるなあ」 「えっ・・・、えっ!? み、視えるの!?」 「うん。でも勝手に手ぇ出したら怒られるからなんもできんよ?」 「怒られるって、誰に?」 「俺の母ちゃん!」 「お母さん? 君のお母さんに許可をとれば、君がコレをなんとかすること、できるの?」 「まあ、できるけど。おじさんに薬もろたやろ? 飲んでりゃ良うなるよ?」 飲んでりゃ良くなるだなんて、そんな、そんなこと。 「お願い! 今すぐ、今すぐなんとかしてほしいの!」 「えー、うーん。じゃあ、聞いてきてみるけど、あっ! 桃! 翠!」 少年が私の後ろを見て手を振る。私は振り返った。可愛らしい少女が一人、穏やかな雰囲気の少女が一人。 「碧にぃ、お客さん?」 「母ちゃんと話したいんやって! 俺、ちょっと友達待たせてるからかわりに頼むわ!」 碧にぃ、と呼ばれた少年は、風のような速さで去っていった。 「今日はお客さんが来るなんて聞いてないけど・・・」 「また患者さんとお客さんを間違えてるんじゃないかな」 「・・・ま、いいや。『同じ』だし。お客さん、中へどうぞ」 あれよあれよと話が進み、私は再び薬局兼民家の中へ。何故か、薬剤師に強烈に睨まれた。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加