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カルテ1『出会い』 碧、桃、翠
薬局も兼ねているという民家の戸を開ける。奥はどうなっているのかはわからないが、入り口はきちんと薬局として機能しているようだ。
「処方箋をお願いしま・・・、」
薬剤師を見て、私の口は驚きでそのまま開いてしまった。美青年という言葉のために産まれてきたような男がカウンターの向こう側に座っていたからである。ふわふわの毛、猫のような大きな瞳。一目で男性だとわかるが、どこか女性らしさもある。『中性的』の一言で片付けるには難しい容姿だ。
「お預かりします」
低い声。処方箋を受け取って調剤室に消えていく時に見えた、均整の取れた身体。ソウマ診療所は一体、なにを隠しているのだろうか。表に見えるのは奇妙な光景ばかりである。と、突然、出入り口の戸が大きな音を立てて、乱暴に開いた。
「ただいまあーっ!!」
入ってきたのは、可愛らしい少年だった。
「おっ、お客さんや!」
調剤室から『客じゃねえ!』と叱る声が聞こえる。
「おじさーん! 頼まれたモン買ってきたで! 冷蔵庫に詰めたら遊びに行ってええかーっ!?」
少年の手にはスーパーの袋。奥に居る薬剤師の返答を待たず、少年はバタバタと足音を立てて家の奥へ行ってしまった。
「瀬川さん、お薬をお渡しします」
「はい」
薬剤師が薬の説明をする。なんだか『早く帰ってほしい』というような圧を感じる。猫のような大きな瞳が僅かに歪んで、私を睨み付けているように見えた。
「ご不明な点はございませんか?」
「・・・あの」
「はい」
「視えて、いますか?」
「・・・なにがですか?」
私はそっと、左肩を指差した。
「ここです」
薬剤師は首を傾げる。
「・・・すみません、なんでもありません」
「そうですか。お大事に」
「ありがとうございます」
やっぱり駄目か。私は薬を受け取って会計を済ませ、薬局を出た。
「視えない、か・・・」
私の肩にしがみつく父の霊は、私以外、誰にも見えない。信じてくれたのは悟だけ。父は夜の店の女に騙されて借金を作り、母とはそれが原因で離婚した。
父は何故か私を恨んだ。
母が私を産まなければ、母はずっと『俺の女』だったのに、『子供の母親』になってつまらなくなったから、夜の店に行ってしまったのだと。浮ついた気持ちになって夜の店に行ったのも、女に騙されたのも、借金を作ったのも、首を吊ったのも私のせいだと言って、今も私の肩にこびりついている。
と、突然、出入り口の戸が大きな音を立てて、乱暴に開いた。
「いってきまーすっ!!」
さっきの少年だ。
「あっ、お客さん、やのうて、患者さんか! お大事にー!」
「ちょっと待って!」
私は思わず呼び止めてしまった。少年はきょとんと首を傾げる。
「あの、ちょっとお話したいんだけど、いいかな?」
「うん! ええよ! なに?」
今時珍しいくらいの純朴な少年だ。
「おねえさんの、ここ、なにか視える?」
「・・・おー、なんや汚いおっさんおるなあ」
「えっ・・・、えっ!? み、視えるの!?」
「うん。でも勝手に手ぇ出したら怒られるからなんもできんよ?」
「怒られるって、誰に?」
「俺の母ちゃん!」
「お母さん? 君のお母さんに許可をとれば、君がコレをなんとかすること、できるの?」
「まあ、できるけど。おじさんに薬もろたやろ? 飲んでりゃ良うなるよ?」
飲んでりゃ良くなるだなんて、そんな、そんなこと。
「お願い! 今すぐ、今すぐなんとかしてほしいの!」
「えー、うーん。じゃあ、聞いてきてみるけど、あっ! 桃! 翠!」
少年が私の後ろを見て手を振る。私は振り返った。可愛らしい少女が一人、穏やかな雰囲気の少女が一人。
「碧にぃ、お客さん?」
「母ちゃんと話したいんやって! 俺、ちょっと友達待たせてるからかわりに頼むわ!」
碧にぃ、と呼ばれた少年は、風のような速さで去っていった。
「今日はお客さんが来るなんて聞いてないけど・・・」
「また患者さんとお客さんを間違えてるんじゃないかな」
「・・・ま、いいや。『同じ』だし。お客さん、中へどうぞ」
あれよあれよと話が進み、私は再び薬局兼民家の中へ。何故か、薬剤師に強烈に睨まれた。
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