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カルテ1『出会い』 食べていきな
薬剤師と可愛らしい少女が言い合う声が客室まで届いている。
「すみません、院長の許可がないとお茶をお出しできないんです」
「いえいえ、お気になさらず」
「おじさんと桃ねぇならいつもあんな感じですから、大丈夫ですよ」
「はい・・・。あの、先程の、碧君は、その、霊能力者、なのですか?」
穏やかな雰囲気の少女は、くすりと笑う。
「院長に聞いてください」
そう言って、部屋を出てしまった。
静かだ。
さり。さり。
さっきも聞いた音がした。足を引き摺って歩く音。ゆっくりと、静かに、ドアを開けて部屋に入ってきたのは、菖蒲さんだった。菖蒲さんの後ろには薬剤師が居た。視線だけで殺せそうな程に私を睨み付けている。薬剤師がドアを閉め、菖蒲さんが時間をかけてソファーに座る。
「こんにちは」
まるで喉で演奏しているような、綺麗な声。
「こんにちは・・・」
「院長のソウマ菖蒲です」
薄々気付いてはいたが、菖蒲さんが院長らしい。待てよ、碧君は『母ちゃんに聞いてみる』と言い、穏やかな雰囲気の少女は『院長に聞いてください』と言った。つまり、菖蒲さんが、碧君の、母親?
「すっ、すみません、お邪魔しています。瀬川真樹です」
私は考えの沼に沈む前に、なんとか言葉を返した。
「肩の荷を下ろしたいのですね?」
菖蒲さんは表情をかえずに言う。
「っ、視えるんですか!?」
「『視える』・・・。そうですね、ここに居る者は皆、視えていますよ」
「えっ、じゃあ、受付の方も、お医者様も、薬剤師の方も?」
「はい」
私は呆けた。薬剤師は『なにがですか?』と言って知らない振りをしていたのだ。いや、それより、どうなっているんだろう。碧君より菖蒲さんの方が幼く見える。この人は一体。
「夕飯を食べていきなさい」
「はえっ?」
「それしか方法がありません。貴方が肩にしがみついている父親ともう暫く仲良くしたいのなら、帰って薬を飲んで寝ることです。そのうち良くなりますよ」
私は一言も、誰にも、父親のことを言っていないのに、菖蒲さんは言い当てた。もう夕飯でもなんでもいい。溺れる者は藁をも掴む。
「・・・わかりました。ごちそうになります」
「うちは食事の時間が決まっていて、夕飯は八時です。話し相手に娘を呼びますから、この部屋でお待ちください」
「む、娘?」
「玄関で騒いでいたのと、ここに案内した二人です。では、私はこれで」
菖蒲さんはふらふらと立ち上がり、さり、さり、と足を引き摺って歩き、入ってきた時と同じように、ゆっくりと、静かに、ドアを開けて部屋を出ていった。
「娘・・・」
菖蒲さんの娘。それも、二人も。なにかが、なにかがおかしい。年齢がおかしい。菖蒲さんがああ見えて四十か五十だとか、いや無理がある。養子の制度になにか特殊なものがあるのか。ああ、もう、混乱してきた。なんだか異様な空間にいるのに、流されてしまっている。ガチャッ、と荒っぽくドアが開いた。
「こんちは」
素っ気なく言ったのは、薬剤師と言い争っていた、可愛らしい少女。後ろにいる穏やかな雰囲気の少女に『桃ねぇ』と呼ばれていたので恐らく桃さん、穏やかな雰囲気の少女が翠さん、か。
「ソウマ桃です」
「ソウマ翠です」
私の予想はあたっていた。
「瀬川真樹です。よろしくお願いします」
「・・・ま、遠慮せず、なんでも聞いてよ」
桃さんはそう言いながらソファーに座り、面倒臭そうな表情をしながら肩を竦め、足を組んだ。
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