カルテ1『出会い』 新生活

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カルテ1『出会い』 新生活

「・・・ってことがあって、父親が消えてなくなったんだわ」 『・・・ほんまか?』 「ほんまやねんこれが。でさ、私、考えたんだけど・・・、」 電話の向こうの悟は、深い溜息を吐いた。 『真樹が納得するまで、頑張ればいい。僕は応援する』 「止めないんだ」 『うん。僕はいつも、応援することしかできないから・・・。ごめんね』 「また電話する」 『うん。じゃあね』 「ほなねー」 私は電話を切った。車を飛ばし、ソウマ診療所へ向かう。駐車場に数台、車が停まっている。駐輪場にも自転車が何台か。今日は患者が居るのか。私は硝子のドアをそっと開けた。 「こんにちはー」 男の低い声が受付から響く。克美さんだ。 「おや、瀬川さん。こんにちは」 「こんにちは。あの、」 「お薬の相談ですか?」 「いえ、菖蒲さんに、」 「院長は外出しております」 絶妙な間で全て遮られてしまう。 「・・・薬の相談です」 「今日は混みあっていますから、予約無しだと一時間程待ってもらうことになりますし、順番も前後しますがよろしいですか?」 「はい」 「では、診察券をお預かりします」 「はい」 大人しく一時間待つ。患者は男も女も、若い人も老人も、結構な数が居る。どちらが患者なのかはわからないが、小さな子供連れの人も居た。繁盛しているらしい、と、そこまで考えて、病院なんだから繁盛は駄目だろ、と一人で恥ずかしくなった。 『瀬川さん、瀬川真樹さん、診察室にお入りください』 館内放送。慈恩さんの声。診察室。慈恩さんは相変わらず無表情だが、圧迫感は前回感じたものの比ではなかった。 「お薬の相談ですね。前回の診察からまだ二日ですが、お薬が身体に合わなかったのでしょうか?」 「菖蒲さんに、」 「院長は外出しております」 「いつ戻りますか?」 診察室は二人っきりだ。待合室は他に人が居たので遠慮したが、ここでは遠慮することはない。 「謝礼は結構です。お帰りください」 「お話があるんです」 「ここで聞きます」 「菖蒲さんに直接お話したいんです!」 「・・・少々お待ちください」 慈恩さんは卓上の電話機で、どこかに電話をかけた。 「俺だ。瀬川真樹が来た」 ちょっとドキッとしてしまった。今まで丁寧に会話をしていた相手がぶっきらぼうな口調で話し始めたからだけではない。その声と口調をちょっと格好良いと思ってしまったのだ。 「『蜂の適正はある』」 慈恩さんはそう言った。 「お前に話がしたいそうだ。今からそっちに向かわせる」 電話が切られる。 「隣へどうぞ」 「は、はいっ!」 病院を出る際、克美さんの『お大事にー』と言う声が飛んできた。私は隣の薬局兼民家へ向かった。 「やっぱり来たね」 出迎えたのは、桃さんだった。雪弥さんは調剤室で忙しそうにしているので、睨まれずに済んでほっとした。 「こっち」 「はい」 居間に案内される。菖蒲さんはソファーに座ってテレビを見ていた。 「こんにちは、瀬川さん」 「菖蒲さん、先日はお世話になりました。あの、私っ、」 『ここで働かせてくださいっ!』 私と、桃さん、そして菖蒲さんの声までもが重なった。 「だろうと思った」 菖蒲さんが少し馬鹿にしたように笑う。 「貴方には『適正』がありましたからね」 「『適正』とは、一体、なんの?」 「私達と同じ、或いは、限りなく近くなれる存在です。貴方は」 「えっ・・・」 「なんの因果か、私にシバかれた人は私を王のように崇め、ここで修行をして一人前になると、ここを出て神をシバキ倒すことを生業とする。中にはその技術を他の者に継承する者も居る。私が女王なら、貴方は新しい女王蜂。いいですよ、貴方に私の技法を授けてあげましょう」 とんとん拍子に話が進んだ。 「神様は八百万。男神も女神も、幸福も貧乏も、一柱残らずまとめてシバキ倒します。まずはこの口上を覚えなさい。さて、詳しい話は克美さんとしてください」 こうして、あっさりと、私の新しい生活が始まったのである。
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