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カルテ2『魑魅魍魎』 身長差
ソウマ診療所で住み込みで働く、もとい修行することになって二週間。
私の面倒は主に克美さんが見てくれている。診療所の診察受付時間は午前八時から正午までと、午後四時から午後七時まで。その間、克美さんは事務員として働いているので、私は与えられた本を読んで内容を覚えるようにノートに書き写しているのだが、これがなかなか難しい。一番苦痛なのは『ドグラ・マグラ』を書き写せと言われたことだ。日本三大奇書の一つである。私が唯一読破を諦めた本でもある。他の本は、ビジネス会話の基本をまとめたものや、妖怪や神仏に関するもの、ヒューマンドラマをテーマにした小説など、幅広過ぎてなにを学習させたいのかよくわからない。
克美さんの仕事が落ち着くと、私は家事の手伝いをする。そうするうちにソウマ家の人達のことを色々と知った。ソウマ家の三兄妹は、近くの学校に通って『普通の人間』とかわりなく育てられているらしい。
ソウマ碧、十七歳。天真爛漫でちょっと制御不能。物凄く人懐っこくて、本人も人に好かれる才能を持っている。幼少期は関西で過ごしていたらしく、近所のご婦人方に可愛がられて育ったので関西弁が染み付いているようである。身長174cm、動くたびにボブカットの髪がぴょこぴょこと跳ねる。服装はシンプルで動きやすいものを好んで着ているようだ。
ソウマ桃、十五歳。勝気で短気。どうも父親の雪弥さんを毛嫌いしている。思春期なのか反抗期なのかは兎も角、誰もそのことに触れない。少し癖のあるふわふわの髪で遊ぶのが好きらしく、毎日髪型が違う。一番好きなのはツインテールらしい。お洒落への探求心が強く、日々財布の中身と戦っている。身長158cm、服装はその日の気分でころころとかわる。
ソウマ翠、十三歳。去年までランドセルを背負っていたとは思えない程落ち着いていて穏やか。食べること、特に甘い物への好奇心が強く、克美さんに晩ごはんをリクエストしたり、手伝ってもらって甘い物を作ったりしている。父親の慈恩さんとは微妙な距離感だ。身長なんと162cm、長い黒髪をおさげにしていて、服装はシックなワンピースが多い。
「うーん、休憩しよ・・・」
母親のソウマ菖蒲。年齢は不明。身長はソウマ家の中では一番小さく152cm。『身長差』にフェティシズムを持つ私からすると堪らない関係性である。一番小さいのが一番強い。これが良いのだ。表情は乏しいが『一日一回下らないことを言わないと気が済まない病気』に罹っていると本人が談じていた。昨日は『鶏の卵がケイランなら、インコの卵はインランだね』と言って克美さんに窘められ、雪弥さんに軽く叱られていた。
ソウマ克美、事務員、身長2m10cm。デカ過ぎる。性格は見た目に反して温和。誰に対しても敬語を使う。息子の碧君も例外ではない。私はソウマ家で修行をしながら生活の面倒を見てもらえて超絶ラッキーだと思っているぐうたらな人間なので、『働くのが好き』という克美さんとは一生わかりあえないかもしれない。身長に加えて筋肉もあるので日本の既製品の衣服は殆ど着られないらしく、海外の物を取り寄せているそうだ。
ソウマ雪弥、薬剤師、身長176cm。私に対して敵意剥き出しというか最早突き刺してくる勢いである。子供達にはまだ態度が柔らかいが、克美さんにも慈恩さんにも嫉妬している様子。菖蒲さんを独り占めしたいらしく、甲斐甲斐しく世話をしている。しかしその菖蒲さんに対しても少々口が悪い。なんでなんだろう。
ソウマ慈恩、医者。身長194cm。雪弥さん程ではないが私が疎ましいらしい。必要最低限のことしか話してくれない。この人が一番謎の存在である。仕事を終えるとずーっと『猫』として生活している。勿論休日も『猫』。ソウマ家の広い居間の端にはキャットタワーがあるし、慈恩さんの『おもちゃ箱』もある。猫なら必ず虜になるエビのぬいぐるみもある。
こんこんこん。
「はい」
ノックに返答する。桃さんが部屋に入ってきた。
「真樹さん、ごめん、ちょっと勉強でわからないところがあって・・・」
「ああ、どうぞどうぞ」
「ほんと、ごめんね。碧にぃや翠みたいに勉強ができればいいのに、やンなっちゃう・・・」
翠さんは成績優秀、碧君はなんと学年では一番の成績らしい。桃さんは運動神経は抜群だが勉強は少々苦手なようだ。
「あーあ、勉強が面白くなるコツ、なんかないかなぁ・・・」
若い子らしい悩み。なんと可愛らしい。
ソウマ家での生活、結構楽しいぞ。
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