カルテ1『出会い』 真樹と悟

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カルテ1『出会い』 真樹と悟

神様は八百万。男神も女神も、幸福も貧乏も、一柱残らずまとめてシバキ倒します。 「ほんまかぁ?」 私、瀬川真樹は対面に座っている川口悟を軽く睨んだ。悟は肩を竦める。 「ほんま、かもね。実際、僕の父さんは『ソウマ診療所』に行って良くなったから・・・」 悟の父親、川口守。日本では有名な作家だ。私が敬愛する作家でもある。川口先生はいつ会っても『オホホホホホ!』と独特な笑い声を上げていて、常に気分が高揚しているというか、酔っぱらっているようなというか、もしかすると躁病なのかもというか、兎に角、奇人である。息子の悟は全く父親に似ず、常に冷静沈着で、成績優秀、文武両道。顔さえ良ければ女が放っておかないだろうに、コケシのような顔をしている上に少々潔癖というか、正義感が強過ぎるので寧ろ女が逃げていくようだ。 私と悟の出会いは小学校二年生の春。関西から関東に転校してきた私は『とある理由』でクラスメートに上手く馴染めず、加えて訛りを揶揄われていた。そんな私に持ち前の正義感で話しかけてきたのが学級委員の悟である。それから二十六になる今まで付き合いがあるのだから、妙な関係だ。 「家の隅々まで聞こえるような声で陽気に話す父さんが、なんにも話さないどころか床から起き上がれなくなった。精密検査をしても異常無し、寧ろ若々し過ぎて医者が驚いていたからね。精神の医者にも診てもらったけれどお手上げ。ここまでは知っているだろう?」 「おう」 「父さんがこのまま死んでしまうと思った母さんは、最終手段の神頼みに出た。そこで『ソウマ診療所』に行くことになったんだよ。僕の運転で連れて行った。息子に弱った姿を晒すのは可哀想かなと思って、付き添いは母さんに任せて駐車場で待っていたんだ。二時間くらいかなあ。母さんと一緒に戻ってきた父さんは、穏やかな顔をしていたよ。家に送り届ける途中で寝ちゃって、僕は父さんを部屋に運んで、その日はそれで。で、四日後だね。父さんから電話がかかってきたから出てみたら、開口一番『オホホホホホ!』だよ」 「元気に?」 「そ、母さんは大喜び。でもね、父さんはソウマ診療所でなにをしたか、全く覚えてないんだよ。母さんもなんだか曖昧になっててさ、変でしょ?」 「んー、悟はなんもないの?」 「なにも。だから逆に気持ち悪くってね。真樹、こういう話、好きだろう?」 「大好き!」 悟はにっこり笑った。 「場所を教えてあげるから行きなよ。君も少しは楽になるかもしれないから」 「あー、んー、そっちはあんま期待してないけど、まあ、まあね」 悟は悲しそうな顔をした。 「・・・ごめんね」 私は首を横に振る。 「・・・表向きは精神病院なんだ。『眠れない』って理由で行くのがいいかな?」 「おお、いいね」 「頑張ってね。僕、そろそろ帰らなくちゃ。その前に、はい、これ」 悟は小さな袋を取り出した。洒落たリボンが付いている。 「バレンタインのお返し。じゃあね」 私の反応も見ずに、テーブルの隅に置いてある伝票を持ってレジに行ってしまった。さり気なく良い男だ。顔がもうちょっと良くてもうちょっと他人に妥協できればもっと良い男なのに。 「・・・ソウマ診療所ね、行ってみるか」 あんまり期待はしていないが、もしかしたら、 『アイツ』から解放してくれるかもしれないから。
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