知らぬは本人ばかりなり

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 雪の思い出。その言葉を聞くと大抵の人は、幼少期の無邪気に遊んだ思い出や恋人との甘い夜。あるいは、失恋した日や受験でヒヤヒヤしたことなんかを思い出すのだろう。  じゃあ、お前は?そう聞かれれば俺は、人生を20数年重ねていれば楽しい思い出ももちろんある。  しかし一番強烈に残っている思い出は、滅多に雪の降らない地域なのになぜかその日だけ記録的な大雪に見舞われた2月のとある日、何時間も家の外で立たされて危うく凍死しかけたことだ。 「ってなんでそんな目に?お前の両親虐待とかするタイプじゃねーじゃん」  ついうっかり飲みの席で大学時代からの親友に笑い話として提供したのが悪かったらしい。親友その一が、俺の両親と会ったことがあるのでそうツッコミつつ、親友その二が心配そうにこちらを見ている。 「あー、いやいやそんなガチでヤベー話ならここで話さねーから、この前後が笑えるんだって」 「⋯⋯本当に?」  まだ疑っているらしい親友その二は、なおも心配そうに眉を寄せている。ありがたいが鬱陶しい、って言ったらどうなるんだろう。  内心そう思いつつ、続きを語る。 「その日、バレンタインデーの前日で親父と俺のためにお袋が妹と車でチョコレート買いに百貨店まで遠出してたんだよ。そんで俺は家の鍵忘れて遊びに行ってたって家の前に着くまで気付かず待ちぼうけ⋯⋯ってやつだよ」  ちなみに親父は、仕事だった。とまで話せばなんだお前のウッカリかよ。そう納得してこれまでの俺のウッカリ武勇伝を知っている親友たちは納得をしていた。  全くあのウッカリだけは忘れようがないって。 「⋯⋯なあ、アイツ。いつも母親のこと、母さんって言ってなかったっけ?」 「確かに、それに妹の話ってこれまで出たことなかったよな?」  これまで大学時代から数々のウッカリ武勇伝を作ってきた友人が、トイレに行っている間に確認をした。アイツは今までなんて母親を呼んだこと一度もなかった。  弟の話はしょっちゅう聞いていたが、妹が居たなんて初耳だ。  そのことを今、確認して慌ててスマートフォンに二人して手を伸ばす。調べると、十数年前のバレンタインデー前日にアイツの出身地で自動車が一台スリップして死亡事故を起こしているニュースに行き当たった。 「なーにが、笑い話、だ。本当に笑い話として完結したかったら母親の呼び方なんてウッカリミスすんなよな」 「ま、それで気付かれないって思ってるのもアイツらしいよ。ああやって言わないと、実の母親と妹のこと話せないんだろうな」  きっと自分と父のために、無理をした二人を責めたくても責められない過去。そして二人が大変な状態の中、自身もウッカリで死にかけたなんて誰にも言えなかったのだろう。  それでも同情的な視線や態度を敏感に感じ取るアイツが、距離を取らないようこちらも知らないフリをしようと二人で決めた。 「ま、アイツも幸運なのか不幸なのか。こーんな、親友とか名乗ってる二人に狙われてるし、雪の日に無茶してまでもチョコレートを用意したいって思われる家族がいたなんて」  アイツ、うっかり者な上に重たい愛を引き寄せすぎだろ。  その最後の呟きを、本人だけが知らない。
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