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囮
「しっかしまぁ、色っぽいヤクザがいたもんだなぁ」
静馬は後ろ手に縛られて椅子に座らされていた。
職安通りから一本入った路地裏にある、無人の雑居ビル。半グレのリーダーをマークし、わざと目立つように尾行したらまんまと捕まり、ここに連れ込まれて拘束された。
どいつもこいつも、悪意の塊のような酷い面相だ……静馬がここに連れてこられてから既に1時間。メンバー全員の顔を確認することができた。
「あんた、耳の後ろからエロい匂いがするな……悪い気起こしそうだぜ、この匂い嗅いでると」
リーダーの男が静馬の耳の後ろに唇を這わせた。
「やべぇ、マジで勃ちそう……」
「その臭い口をどけんか、ガキ」
架空の紋を象ったピンバッチには、カメラが仕込んである。静馬はその紋を掲げる関西ヤクザの幹部だと名乗っていた。
「この辺りの極道は皆、生き残りに必死でヤクには手を出されへん。今ならウチと組めばデカイ商売ができる、せやろ。悪い話やないで」
「本当に龍神組の若頭か? ヤクザの若頭が俺らのような半グレ尾けるかよ」
「言うたやん。昨今ヤクザも暴対法でジリ貧なんや。それに、さっきもウチのオヤジと電話で話したんちゃうんか、ええ加減信じろや」
静馬の偽の身分を証明するため、捜査本部が用意した番号にかけさせ、交通課のベテランにヤクザの親分を演じさせて一芝居打ってもらったのだ。
「ま、慌てて決める必要はねぇからさ、美人の若頭さん」
「ほう……別の関西組織がもう、接触しとる言うこっちゃな? 」
「はは、考えていることは、みんな一緒ってことだよ」
男が後ろを振り向いた。
キャメルの上質なウールコートを羽織った初老の男が、壊れかけたスチールドアから、このガラクタだらけのフロアに現れた。
ビンゴ!と静馬は心の中で快哉を叫んだ。
内偵を続けて幾星霜、中々辿り着かなかった半グレどもの黒幕が、やっと顔を出したのだ。
しかもその黒幕は……思った通り、関西系の広域指定暴力団の幹部だった。
「杉浦さん、こいつですよ、関西の龍神組の若頭だって言うんですがね」
そうだ杉浦だ……静馬は頭の中のデータベースと目の前の男を完全に一致させていた。狂犬だ、オヤジにも逆らう狂犬と呼ばれる男だ。
「龍神組の若頭ねぇ……」
首を傾げながらこちらを見る杉浦と呼ばれた男が、みるみる頬を紅潮させて両目を剥いた。
「こんな生ッ白い極道おるかいッ……てめぇ、刑事か? 」
杉浦が額に青筋を立て、腰から拳銃を抜いた。
「ナメくさって、このガキャ」
静馬はゴクリと唾を飲み込んだ。応援の踏み込みはまだか……。
「バレちゃ仕方ないなぁ。ホンマは……オヤジのア・イ・ジ・ン」
「何やて? 」
むわっとムスク系の濃厚な媚香が杉浦の鼻腔を刺激する。杉浦は静馬の耳元に鼻を近づけた。
「こいつぁ……確かに変な気起こしたなるわ」
「汚い鼻どけろやガキ、俺に手ェ出したら、オヤジにミンチにされるで」
何とか気を立て直し、DVDで勉強した通りに巻き舌で言い返すが、杉浦が怯む様子がある訳がない。相手は関西でも名うての狂犬だ。
「なら、代わりにハジキをケツに詰めてアンアン啼かしたるわ」
杉浦が再び、淀んだ目で静馬を捉え、銃口を鼻先に突きつけた。
「それじゃよう物足りひんわぁ」
茶化すように語尾を伸ばしながらも、静馬は身体中に嫌な汗をかいていた。
今だ、今だろうが、今、来い!
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