米粒

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米粒

「オルァァ、警察ぅぅ! 動くんじゃねぇぞゴルァァっ」  とそこへ、非常口と正面口双方から警官隊が突入し、あっという間に全員を拘束した。 「課長、課長っ」  部下の警部補、加川悠太が血相変えて駆け寄るなり、静馬の縛めを解いた。 「遅ぇぞ悠太、危うく命取られるところだった」 「貞操の危機の間違いでしょ、もう、色気もほどほどに」  そこへ、刑事課と組対課の課長が揃って駆けつけてきた。 「市川、怪我は」 「ありません。ウチは女子供相手の平和な部署なんですから、ケレンは自前の部下とでやってくれないと困りますよ」 「そう怒りなさんなって、いかにも刑事なツラしたゴリラにゃ、こんな役は務まらんのだよ。その代わり、後始末はこちらでやるから、帰って休んでくれたまえ」  それは(てい)の良い手柄の横取りだろうが……と不貞腐れてポケットに手を突っ込むと、指先に硬い何かが触れた。  つまみ出してみると、米粒であった。 「あ、そういえば、はい、課長のID」  手の中の米粒を見つめる静馬に、悠太が預かっていた警察手帳を差し出した。その端っこにも一粒、干からびた米粒がついていた。 『静馬さん、手帳忘れてる』  昼用の握り飯を作ってくれた手で、加津佐が手帳を手に玄関に駆けてくる姿が思い起こされた。  笑うとちょっとタレ目になる、愛嬌のある笑顔。静馬より体の大きな加津佐が、プロの料理人であるその手に大事そうに包んで差し出した手帳……。  その手帳を手の中に収め、静馬は加津佐の残像と温もりに触れた。  途端に、鼻先に突きつけられた銃口から漂った硝煙臭さが蘇り、指の先が震え出した。  一歩間違えたら、俺はこの米粒を入れてくれた人の腕の中に、二度と帰ることができなかったかも知れない……。 「課長」 「あ、いや、何でもない」  静馬は手の震えを鎮めるかのように、ギュッと手帳を握りしめた。  大丈夫だ、帰れる、加津佐の元に、帰れるのだ……。 「たった一粒の米で、帰るところがあるって安心できたりしますよね」  そう言って、悠太が耳の後ろを指差した。 「匂い、変わった」 「ん? 」  悠太の鼻は、静馬の耳の後ろから匂い立つ甘やかな香りを吸い込んでいた。  フェロモンなのか、静馬に自覚は無いのだが、時々こうして匂いを発しているのだ。  時に人を惑わすムスク系のような、時にキリッとしたコロンのような、そして、加津佐を思う時は甘やかなピーチのような……。 「今日はもう帰ってください。加津佐さん待ってるんでしょ、チキン南蛮作って。甘々なピーチの香りがプンプン匂って毒なんすよ、寂しい独身には」 「いや、でも……」 「本店時代から課長の下についてるんすよ。俺達を通常業務から外さない為に、課長が囮役を引き受けたのなんてお見通しっす……5日も帰ってないじゃないすか、加津佐さん、きっと心配してますって」  加津佐とのことを知る数少ない部下である悠太にそう言われ、静馬ははにかむように俯き、頼む、と小声で言うと、コートを翻して足早に去っていった。 「色っぽいんだよなぁ、ウチの課長は」 「だから、虫を引き寄せるのにもってこいなんだよ」  静馬の背中を見送る悠太の独り言に、組対課の課長が口を出した。 「前任の丸川さんはクソだったけど、あんたも十分クソですよ」 「マル暴なんてものは、所詮クソの始末屋だ。生活安全課のオカマ課長に囮役は荷が重かったか、坊や」 「ざけんな」  静馬の容貌に、大抵のゴリラはこんな雑音を投げかけてくる。静馬がどんな思いで生安畑に拘って仕事を続けてきているのかを知りもせずにと、悠太はフンと鼻を鳴らし、わざと課長の足を踏んづけてからその場を立ち去った。      
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