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いつもポケットにごはん
「ほらまた、手帳! 」
つい求めるがままに愛し合いすぎて、今朝も静馬は起き上がれなかった。
加津佐がやっとの思いでベッドから引き摺り下ろし、シャワー室に押し込めたのだった。
目の下にクマを作ったまま、静馬は生あくびをしながら玄関でのろのろと靴を履いた。
「明日は休みだから、ゆっくりしよう」
「ええ、たまにはドライブでも行こうよ、静馬さん自慢のスープラで」
静馬が苦々しい顔をして加津佐を見上げた。
「若いなぁ」
「ま、静馬さんのエキス沢山もらってるから」
「あら、やーらしっ」
お返しとばかりに、静馬は加津佐のエプロンの紐を引き寄せ、その唇にねっとりと濃厚なキスをした。
「静馬さん、反則」
「お返し」
「もう……劉さんから老酒が入ったって連絡あったから、今日はチキン南蛮作っておくからね」
「え、マジ! やったぁ! 」
途端に子供のように目を輝かせ、静馬が相好を崩した。
「もぉ、何だってこの人はこんなに可愛いんだか……ほら、手帳」
加津佐から警察手帳を受け取り、静馬は自分の階級と名前が書いてある面に、米を一粒、つけた。
「ちょっと、そのお米どっから持ってきたの」
「ああ、炊飯器の中から一粒もらった。おまじないだよ、必ず帰るための」
あの日、静馬が囮になって囚われたと聞いて背筋が凍った記憶が蘇った加津佐は、静馬を待たせてキッチンに駆け戻った。
「おおい、時間ないぞ」
「待ってったら」
パタパタと慌ただしく戻ってきた加津佐は、指先に米粒を3粒、つけていた。そしてその指を、静馬のスラックスのポケットに捩じ込んだ。
「おいおい、取れなくなるって」
「いいの、いつもポケットにごはん。これ、ウチの験担ぎにする」
あの日の話をした時の加津佐の狼狽ぶりを思い出し、静馬は反論を引っ込め、了承した。
「行ってくる」
案じてくれることが嬉しくて込み上げてきた涙を見られないように、静馬はそのままドアを開けて走り出した。
指に、一粒だけ飯が残っていた。
ペロリとそれを舐め、加津佐はベランダに出た。
下を見ると、丁度マンションのエントランスから駆け出ていく静馬の姿が見えた。
「行ってらっしゃい、僕の美人さん」
口の中でそう呟き、街道を走っていく愛しい男の後ろ姿が小さくなるまで、加津佐は見送ったのだった。
ポケットにごはん 了
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