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ボタンのゆくえ
ポケットの中に手を突っ込むと指先にこつんと物が当たった。
手の中におさまった小さなそれを握りしめる。
「何しけた顔しているの?めでたい日だっていうのにさ」
「……元々こんな顔だよ」
目の前の彼女にそう返したら笑われた。
今日は僕たちの卒業式だ。式はもう終わり、みんな各々自由に写真を取り合っている。
卒業式の日に学ランから二つ目のボタンーー所謂第二ボタンを渡すという風習はいつから始まったのだろうか。
僕の第二ボタンは学ランにはついていない。それはポケットの中に入っている。そう、今握りしめているのは、第二ボタンだ。
その第二ボタンを僕は彼女に渡そうと思っている。もちろん、好きだという気持ちを込めて。
でも、自信がないのだ。
彼女はそれはもうモテる。中学生の頃なんて、一体いくつの第二ボタンを貰えるか、友だちと数当てをしていたぐらいだ。
その時は悲しきかな、勇気がなくて第二ボタンを渡すことができなかった。
つまり、これはリベンジだ。でも、告白しようと機会を窺っているものの、勇気が出て来ず、今に至る。……笑うなら、笑ってくれ!
彼女の友人曰く、「この子(彼女のことだ)中学の時よりも告白される機会が減ったのよねー」とのことだ。彼女には「誰のせいだと思っているの」と睨まれたのが何だか解せなかったが、どうやらいつも一緒にいる僕と彼女が付き合っていると周りからは思われていたらしい。
それならそれでいいかと思っていたのはここだけの話。勿論、付き合ってなどいないけども。ライバルはいないに越したことはない。
「それにしても……今回は全然ボタン貰わないんだな。前は大量に貰っていたくせに」
「あれは若気の至りよ」
ボタンのことばかり考え過ぎて話題がそれになってしまった。当時を思い出したのか、彼女が苦笑している。
訊きたくもないのについ口にした。
「今日は?告白されたの?」
「んー、まあ、ぼちぼち」
――ああ、これはされているな。
自分で訊いたのに落ち込んだ。どんどん自信がなくなって来る。
落ち込む僕とは裏腹に、何処か機嫌が良さそうに彼女が言う。
「君がいるからね、断っちゃった」
――それって、つまり?
訊く前に、彼女が僕の顔を覗き込んで来た。あまりの近さに心臓がどきりと高鳴った。
「それで、そのポケットの中の物はいつくれるの?」
にこりと彼女が笑って言う。
どうやら、僕がしようと思っていたことはバレバレだったらしい。
でも、バレたからといってこの気持ちを伝えないという選択肢はもうない。ここまでお膳立てされておいて、渡せないほど情けない男にはなりたくない。
ーー男は度胸だ!
顔に熱が集まる。
僕はポケットから手を出す。そして、彼女に手のひらを向けた。そこにあるのは、勿論第二ボタンで。
「好きです。付き合ってください」
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