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夫の実家から帰宅した翌日、魔法局と国防局から代表者が一人ずつと、加えて宰相と書記官数名が伯爵邸にやって来た。
夫の両親から聞いた話により、事故の線が消えたため、スークレイ子爵が速やかに上へ報告したのだ。
すでに隣国のソルマ山への捜索に、魔法局から数名が向かったという。
一夜明けて失踪人の捜索という物々しい展開となった。
「姫様、お久しぶりですなぁ」
宰相が昔と変わらない優しい声でエオリアに笑いかける。
「おじ様、もう姫様は卒業しましたのよ」
クスクスと笑いながら和やかに話している彼女の表情には疲れが見える。
客間には、エオリアと宰相、国防局のエレク大佐と魔法局のスークレイ子爵の4人が着席した。
お茶を供した侍女が退室し、執事がドアの横に待機した。
「姫様、朝から悪いね。事が事なので屋敷の中を調べさせてもらうが、しばらくは何かと慌ただしくなる。陛下から娘を城へ連れ戻してくれと言われているのだが、君はどうする?」
「わたしはここで夫の帰りを待ちますわ」
「そうかわかった。そのように陛下には伝えよう」
強引に連れ戻されるのではないかと思っていたエオリアはホッと息をつき安堵の表情を浮かべた。
「夫婦仲は良いんだね?」
思いがけない叔父の質問に、エオリアは緊張して身を固くした。
夫は魔法局の局長の地位にいて、国の重役に名を連ねる者だ。
自ら失踪したのだとすれば、間諜を疑われても仕方のない事だ。いちばん近くにいる妻にも同様の嫌疑がかけられるのは当然といえる。
だからこそエレク大佐もこの場に呼ばれて来ているのだろう。
「ええ、夫婦仲は悪くないですわ。この2年間、喧嘩をしたこともありませんし」
「そうか、伯爵のことを愛しているのだね?」
「はい」
「姫様が結婚してからもう2年か、月日が経つのは早いものだね。子はまだのようだが予定はあるのかな?」
「いえ、予定はまだ……」
エオリアは戸口に立つ執事の顔を素早く見た。
「夜のほうは?」
宰相のこの質問に執事は無表情を貫いている。
これは尋問だ。
正直に話さなくてはならないこと。
「わたしたちはずっと…」
「ずっと?」
「白い結婚のままですわ」
息を呑んだのは誰なのか…エレク大佐かスークレイ子爵か。それほど衝撃を受ける事柄なのか、彼女にはわからない。
「わたしはこの通り幼いですし、彼とは15も歳が離れていますから、わたしが大人の女性になるのを待ってくださるのだと思っております」
「姫様の誕生日は、確か来月だったね」
「はい、18歳になります」
「…………」
部屋の中に奇妙な沈黙が流れた。
「もう君は立派な大人の女性にみえるがね、まぁ、感じ方は人それぞれだから、私個人の感想だと思って聞いてくれればいいよ」
「………」
「質問はこれで終わりだ。城に帰りたくなったら、いつでも私に連絡してくれよ。もちろん陛下に直接頼んだっていい」
「はい、わかりました。でも、わたしはここで待ちますわ」
エオリアが客間を退室した後、屋敷中の使用人たち全員の調書をとるようだ。いったいどんな話をするのだろうか。
白い結婚のことは今まで誰にも話していない。
おそらく執事や侍女たちは気付いていたはずだが。
(もしかして……夫は他の女性と逃げた…とでも言うのかしら?…)
自室のベッドに倒れ込み、彼女は考えた。
思い返しても、浮気の気配など微塵も感じなかった。あれほど隙のない生活を守って来た人なのだ。
(でもわたしは、外での彼のことは何も知らないのよね…)
身体が重い。急激に疲れを感じた。
水の底に沈むように、エオリアは次第に深い眠りに落ちていった。
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